【違法な賃金天引きで送検】労使協定を結ばず寮費などを控除 ― 岸和田労基署が書類送検

「知らなかった」では済まされない! 飲食店経営者が知っておくべき「賃金控除」の正しいルール


岸和田労基署が送検した「賃金控除」事件の概要

2025年10月23日、大阪・岸和田労働基準監督署は、労働者の賃金から寮費などを違法に天引きしたとして、ベルサポート豊中株式会社(大阪府阪南市)と同社代表取締役を労働基準法第24条違反の疑いで大阪地検に書類送検しました。

この事件では、同社が運営する障害者就労支援施設に勤務する2人の労働者から、賃金の一部を「寮費」として控除していました。しかし、労働基準法第24条第1項に基づく労使協定(いわゆる『賃金控除協定』)を締結していなかったことが問題視されました。

労働基準法では、賃金は「全額を直接労働者に支払うこと」が原則です。
会社が労働者の同意なしに天引きをすることは、原則として違法行為になります。

同社は調べに対し「寮費を賃金から控除した例がなく、協定を要するとは知らなかった」と供述したと報道されています。
しかし、「知らなかった」では済まされません。労働基準法は非常に厳格であり、形式を欠くだけで刑事事件に発展することもあるのです。


賃金控除のルールを整理 ― 労働基準法第24条の「全額払いの原則」

1. 賃金は「全額を」支払うのが原則

労働基準法第24条第1項は、こう定めています。

賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。

この「全額払いの原則」は、労働者の生活を守るための非常に強いルールです。
つまり、たとえ会社に正当な理由があっても、勝手に天引きしてはいけないということです。

具体的には、以下のような控除は原則違法となります。

  • 制服代、まかない費、備品の破損弁償
  • 寮費・社宅費・光熱費
  • 店舗の備品購入代、会費、イベント積立金 など

これらを賃金から差し引いて支払う場合には、必ず「労使協定」が必要です。


2. 控除できるのは「法令で認められたもの」+「労使協定で定めたもの」

労働基準法第24条第1項但し書では、例外を認めています。

但し、法令に別段の定めがある場合又は労使協定によって賃金の一部を控除することができる場合を除く。

つまり、次の2つに該当すれば控除は可能です。

① 法令で認められた控除

例:

  • 所得税、住民税
  • 社会保険料(健康保険・厚生年金・雇用保険)
  • 労働組合費(法定組合の場合)

② 労使協定で定めた控除

例:

  • 寮費・社宅費
  • 給食費(まかない代)
  • 制服代
  • 積立金、社内互助会費 など

したがって、今回のケースのように「寮費」を控除する場合は、必ず労働者代表との書面協定を結ぶことが必要なのです。


なぜ「労使協定」が必要なのか 実務的な背景と飲食業での盲点

1. 「同意書があるから大丈夫」ではない!

飲食店経営者の中には、「従業員本人が書面で同意しているから問題ない」と考える方が多くいます。

しかし、これは誤りです。

厚生労働省の通達では、個人同意書だけでは足りず、「労使協定」が必要とされています。
なぜなら、労働者は立場が弱く、個別同意が“強制”になりがちだからです。
そのため、労働基準法では「代表者を選出して協定を結ぶ」ことを求めているのです。


2. 「労使協定」が成立するための条件

労使協定には、以下の3つの条件を満たす必要があります。

要件内容
① 協定の相手方労働者の過半数代表(パート・アルバイト含む)
② 選出方法使用者の意向を受けず、労働者の投票・挙手などで選出
③ 書面の作成控除項目・計算方法・対象者などを明記して署名捺印

これらを欠くと、「協定を締結した」とは認められません。


3. 飲食店でありがちな“無意識の違法控除”パターン

飲食業界では以下のようなケースが非常に多く見られます。

  • 寮費・社宅費を給与から引いている
  • 制服代・エプロン代を初回給与から差し引いている
  • まかない代(食事代)を1食○○円で給与天引き
  • 遅刻・欠勤の「罰金」を給与から差し引いている
  • 退職時に「制服未返却分」を差し引く

これらは、「労使協定」なしではすべて違法行為に該当します。
また、仮に本人が了解していても、後から「不当控除」としてトラブル化することがあります。


「知らなかった」では済まない ― 書類送検・刑事罰のリスク

1. 書類送検とは?

「書類送検」とは、労働基準監督署が違反を確認し、検察庁に事件を送致することを指します。
この段階で「刑事事件」として扱われ、悪質と判断されれば罰金刑などが科されます。

労働基準法第120条によると、

第24条(賃金支払)に違反した者は「30万円以下の罰金」に処する。

つまり、今回のようなケースでは、代表取締役個人にも刑事罰が及びます。


2. 「知らなかった」は通用しない理由

経営者が「法律を知らなかった」としても、労働基準法上は免責されません。
監督署の指導・是正勧告に従わず、改善が見られない場合は「送検対象」となります。

特に近年は、社会的弱者(障害者・外国人・非正規労働者)を保護する視点から、こうした「不当控除」に対して監督官が厳しく対応しています。


3. 飲食業界でも摘発が増加中

飲食業では、以下のような理由から「賃金控除トラブル」が急増しています。

  • 寮・社宅を提供する店舗が増加
  • 制服代・まかない代など、天引きの習慣が根強い
  • パート・アルバイトの入れ替わりが多く、協定更新が放置されがち
  • 外国人労働者に対し、説明不足のまま控除してしまうケース

実際に、2023〜2025年にかけて全国で同様の「違法控除」による送検事例が複数発生しています。
「たった数千円の控除」が、会社全体の信用を失う大問題に発展することもあります。


飲食店経営者が取るべき実務対応 ― 違法控除を防ぐためのポイント

1. 「賃金控除協定」を必ず書面で締結する

まず最も重要なのは、「賃金控除協定」を書面で作成しておくことです。
形式的なものであっても、協定書があるかないかで法的評価が大きく変わります。

協定書には、以下の項目を明記しましょう。

項目記載内容例
協定当事者使用者・労働者代表の氏名
控除項目寮費、給食費、制服代、積立金など
控除金額月額○円、または実費負担額
控除方法賃金支払時に控除、現金精算等
協定期間原則1年以内(更新可)
署名・押印双方の署名捺印

2. 労働者代表の選出を正しく行う

協定を結ぶ「労働者代表」は、形式的に決めてはいけません。
経営者が指名したり、店長が自ら代表になるのは無効です。

  • パート・アルバイトを含む全労働者に「選出の案内」をする
  • 投票・挙手・推薦などで選出する
  • 選出記録を保管しておく(監督署提出時の証拠になる)

これにより、労使協定が「適法に締結された」と認められます。


3. 控除額が「実費を超えない」よう注意

たとえ協定があっても、控除額が過大だと違法です。

  • 寮費が相場を超えて高額になっていないか
  • まかない代が原価以上になっていないか
  • 制服代が繰り返し請求されていないか

労基署の調査では、「協定はあるが、内容が不当」として是正指導されるケースもあります。


4. 新入社員・外国人労働者への説明を徹底

入社時に、説明することが大切です。
「賃金からどのような項目が控除されるのか」
「その根拠となる協定があるのか」

特に外国人労働者は日本の法制度に不慣れなため、理解不足から後にトラブルになるケースが多くあります。


5. 就業規則・給与明細と整合させる

控除項目を就業規則にも記載し、給与明細に明示しておくことで、透明性の高い給与処理が実現します。

  • 就業規則の「賃金支払い」条項に控除項目を明記
  • 給与明細に「寮費」「給食費」などの名目を記載
  • 控除の根拠(協定書)をいつでも提示できるよう保管

6. 社労士による定期点検をおすすめします

「どこまでが控除可能か」「協定は有効か」などの判断は、現場だけでは難しい部分もあります。
社労士に依頼すれば、協定書の作成・代表選出手続・賃金規程の見直しまで一括して対応可能です。

特に飲食業では、複数店舗・多様な雇用形態を抱えることが多く、店舗ごとに協定が必要なケースもあります。
そのため、年1回の労務監査(セルフチェック)を推奨します。


まとめ:たった一枚の協定書が「送検」を防ぐ

今回のベルサポート豊中事件は、単なる「書類の不備」ではありません。
法律の基本である「賃金全額払い原則」を軽視した結果、刑事事件に発展しました。

飲食店経営でも、「少額だから」「みんなやっているから」という意識が命取りになります。
厚労省や労基署は、今後も「不当控除」への監視を強化していく方針です。


✅ 社労士からのアドバイス

  • 寮費・まかない代などを給与から差し引く場合は、必ず「賃金控除協定」を締結。
  • 労働者代表は正しく選出し、協定書を1年ごとに更新。
  • 控除内容は就業規則・給与明細と整合性を持たせる。
  • 年1回の労務監査でリスクを洗い出す。

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  • 賃金控除協定書の作成サポート
  • 労働者代表選出の指導
  • 給与処理の法令適合チェック
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