多店舗展開する店舗における管理監督者の範囲の適正化
目次
「店長=管理職」ではない? 管理監督者の誤解
飲食店経営の現場で非常によくある誤解が、「店長は管理職だから残業代はいらない」という考え方です。
多店舗展開を進める企業ほど、「各店舗の店長は経営者と同じ立場である」として、労働時間管理の対象外としてしまうケースが多く見られます。
しかし、労働基準法第41条第2号が定める「管理監督者」とは、単に肩書や職位で判断されるものではありません。
経営者と一体的な立場で労務管理・経営判断に携わり、労働時間規制の枠を超えて活動せざるを得ないような責任・権限を持つ者に限られます。
つまり、「店長」という肩書があっても、実態として人事権・採用権・労働条件決定権がない、給与も一般従業員と大差ない場合は、法的には管理監督者に該当しません。
労働基準法上の管理監督者でないにもかかわらず、残業代や休日手当を支払わない場合、労基法第37条違反(時間外割増賃金不払い)に該当します。
企業規模を問わず、経営者・法人代表者が「30万円以下の罰金」に処されることもあります。
▶ よくある誤解①:「管理職手当を払っているから大丈夫」
実際には、手当の有無よりも「権限と実態」が重視されます。
名ばかり店長に1〜2万円程度の役職手当を支払っていても、実質的な裁量がなければ「管理監督者」としては認められません。
▶ よくある誤解②:「勤務時間を自分で決めている」
店舗営業時間に合わせて出勤・退勤している、欠員が出たら自分で現場に入る――これでは裁量があるとはいえません。
「営業終了まで必ず店舗にいる必要がある」ような勤務実態は、明確に“管理監督者ではない”と判断される典型です。
▶ よくある誤解③:「他の店長も同じ扱いをしている」
他店の運用が同様でも、法違反が消えるわけではありません。
むしろ、組織全体で誤った運用が続くほど、監督署の是正勧告時に重大と判断される傾向があります。
多店舗展開型飲食店に潜む「名ばかり管理職」リスク
1.チェーン展開と店舗運営構造
飲食業では、1店舗あたりの正社員数が少なく、アルバイト・パート比率が高い構造が一般的です。
「社員=店長」「店長=管理職」とする運用が広がっていますが、厚生労働省もこの点に強い懸念を示しています。
平成20年9月9日付通達(基発0909001号)では、「小規模店舗の店長が十分な権限・待遇を持たず管理監督者扱いされている事例が多発している」と明記されました。
つまり、法的には“名ばかり管理職”と判断されるケースが多数存在しているのです。
2.どんな場合に問題となるのか
以下のような実態があれば、管理監督者とは認められません。
- 勤怠がタイムカードで管理され、遅刻・早退にペナルティがある
- アルバイトの採用・解雇・評価に関する決定権限がない
- 残業命令を出す権限がない
- 給与・賞与が一般社員と同水準
- 時間単価に換算するとパートより低い
- 本部のマニュアルに従い現場業務中心で裁量がない
これらに該当する場合、たとえ「店長」や「マネージャー」と呼ばれていても管理監督者ではありません。
3.典型的な裁判例
実際に、飲食業の「名ばかり店長」をめぐる訴訟は数多くあります。
- マハラジャ事件(東京地裁H12.12.22)
→ 店長としての権限が限定的で、従業員と同様に接客・掃除を行っていたため、管理監督者性を否定。 - レストランビュッフェ事件(大阪地裁S61.7.30)
→ 店舗の営業時間に拘束され、実質的な裁量がなかったため、残業代の支払いを命じた。 - アクト事件(東京地裁H18.8.7)
→ マネージャー職であっても、採用・査定権限がなく、実質的には一般従業員と同じ勤務実態と判断。
これらの判例はいずれも、「肩書ではなく実態」で判断するという原則を明確にしています。
厚労省通達で示された判断基準の整理
厚労省は、平成20年通達で管理監督者該当性の判断要素を以下の3軸で整理しています。
(1)勤務態様
- 遅刻・早退で減給や評価減がある → 否定要素
- タイムカード打刻義務がある → 否定要素
- 店舗勤務時間に拘束されている → 裁量なし
(2)職務内容・責任と権限
- 採用・解雇・評価・勤務シフト決定などに関与できない → 否定要素
- 人事権がなく、上司に都度決裁を仰ぐ必要がある → 管理監督者ではない
(3)待遇(賃金・手当)
- 実質的な時間単価がパートより低い → 極めて重要な否定要素
- 基本給・役職手当が十分でない → 補強的否定要素
- 総支給額が一般社員と同程度 → 管理監督者ではない
これらのいずれかに該当すれば、「管理監督者ではない」と判断されるリスクが極めて高くなります。
適正な区分と制度設計のポイント
1.管理監督者に該当させる場合の条件
管理監督者として適法に扱うには、以下の条件が不可欠です。
- 店舗運営の最終決定権限を有している
- 採用・解雇・シフト管理に裁量がある
- 経営者と定期的に経営会議を行い、方針決定に関与
- 給与水準が一般社員より明確に高い
- 出退勤を自己判断で行える
これらを満たさない限り、「店長を管理監督者扱い」にするのはリスクが大きすぎます。
2.現場での対応策
店舗運営上、すべての店長を管理監督者とするのではなく、「管理職」と「一般社員店長」を明確に区別することが重要です。
例:
- 「統括店長(ブロック長)」→ 管理監督者
- 「店舗店長」→ 一般管理職(時間外手当支給対象)
さらに、雇用契約書・就業規則にも区分を明記し、給与設計・勤務管理を整合させることが望まれます。
3.制度的な落とし穴
多店舗企業では「昇進=管理監督者扱い」という誤った流れが固定化しているケースがあります。
これを見直さない限り、未払い残業リスクは累積します。
過去の未払いが発覚した場合、最大3年分の遡及支払い+付加金(最大同額)が課せられる可能性もあります。
「社内ルールが長年そうだった」という言い訳は、監督署や裁判では通用しません。
トラブル防止と社労士によるサポート
1.監督署調査・是正勧告の流れ
近年、労基署は「管理監督者の範囲」を重点監督項目としています。
特に飲食・小売チェーンでは、店長クラスの労働時間記録が調査対象となるケースが急増しています。
調査時には以下の書類提出が求められます。
- 勤務表・タイムカード
- 賃金台帳
- 雇用契約書・就業規則
- 店舗組織図
是正勧告が出た場合には、未払い残業代の支給命令+是正報告書の提出が求められます。
2.当事務所からの実務アドバイス
飲食業専門の社会保険労務士として、以下の観点からサポートを行っています。
- 管理監督者該当性の判定シート作成
- 店舗別役職区分・賃金テーブルの設計
- 未払いリスク試算・和解対応
- 労働時間管理体制の再構築(勤怠・シフト設計)
- 就業規則・職務権限規程の見直し
単なる「制度説明」ではなく、実際に現場運用で問題が生じないよう、“法的に防御できる体制”を整備します。
3.経営者へのメッセージ
「うちの店長はしっかり働いているから大丈夫」と思っている経営者ほど、実は最もリスクが高いケースが多いのです。
善意であっても、法違反となれば責任を問われます。
今こそ、管理監督者の範囲を正しく見直し、制度的にリスクをゼロにする必要があります。
🔸まとめ
- 「店長=管理監督者」は誤解
- 実態で判断される(肩書・手当ではない)
- 権限・待遇・裁量が伴わないと適用不可
- 適正区分を怠ると、数百万円単位の未払いリスク
- 早期の制度見直しが経営防衛につながる
📩 ご相談ください
管理監督者制度の見直し・未払い残業リスク診断
👉 お電話や お問い合わせフォーム から、お気軽にご相談ください。


