製造開始できず約6000万円の賃金未払いで送検──「最低賃金法違反」から学ぶ、飲食業にも潜む賃金未払いリスク


事件概要と労働基準監督署の動き

2025年11月7日付の「労働新聞ニュース」で報じられた事件。
山口県宇部市のEJホールディングス株式会社(医薬品原料の製造・販売業)が、34名の労働者に対して5カ月分の賃金(総額約5,900万円)を支払わなかったとして、最低賃金法第4条違反の疑いで書類送検されました。

未払い期間は令和6年9月25日から令和7年1月24日支払い分までの5か月間
しかもこの間、一切の賃金支払いがなされていなかったという重大なケースです。

同社は医薬品の製造・販売を予定していましたが、製造開始に至らず、売上が全く発生しない状態が続いたとされています。
労働者たちは「事業開始準備」として、書類作成や施設周辺の草刈りなどの業務に従事していました。
つまり、「実際に製造が始まっていない」期間でも、労働契約に基づく作業を行っていたという点が大きなポイントです。


最低賃金法違反とは何か──「払えない」では済まされない賃金の法的性質

■ 最低賃金法第4条の基本

最低賃金法第4条では、使用者は「労働者に最低賃金以上の賃金を支払わなければならない」と定めています。
これは単に「単価を下げてはいけない」というだけでなく、賃金の未払いそのものも含まれます。

なぜなら、賃金が支払われていないということは、最低賃金どころか“ゼロ円”の状態
結果的に最低賃金を下回ることになり、最低賃金法違反が成立するのです。

■ 「経営難」でも免責されない理由

多くの経営者が誤解しているのが、「資金がなくなったから支払えなかった」「事業が動かなかったから仕方がない」という理由が法的な免罪にはならないという点です。

労働基準法第24条では「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」と明記されており、
支払い不能の事情は原則として考慮されません。
たとえ赤字であっても、労働を提供させた以上、賃金支払義務は無条件に発生するのです。

■ 「事業準備期間」も労働時間となり得る

この事件のもう一つの重要な論点は、「まだ製造を開始していなかった」時期の労働も労働契約に基づいた業務であったということです。

・書類整理
・施設整備
・環境整備(草刈りなど)

これらは一見すると“補助的な準備作業”に見えますが、労働契約書や指示の有無によっては明確な業務命令に基づく労働とみなされます。
よって、企業の売上が立たない「準備期間」であっても、働いた分は賃金を払わなければならないのです。


飲食業における「似た構造の未払いリスク」

今回の事件は医薬品業界ですが、実は飲食業でも同様の構造の賃金トラブルが頻発しています。
以下のようなケースは、形を変えた「賃金不払い」として問題になる可能性があります。

1.新店舗オープン準備期間の「無給シフト」

飲食店では、新店舗開業前の準備として
・掃除
・什器搬入
・メニュー開発試作
・研修
などを行うことがあります。

このとき「まだオープンしていないから給料は発生しない」と誤解している経営者もいますが、指示に従って労働をしていれば、それは立派な「労働時間」です。
たとえオープン前でも、最低賃金以上の支払いが必要です。

2.閉店・撤退時の「最後の給与が払えない」

撤退・閉店時には、売上が途絶えた状態で最後の給与や退職金を払えなくなるケースもあります。
しかし、これも今回の事件と同様に「資金がない」は免罪にならないため、経営者個人が書類送検・刑事罰を受けるリスクがあります。

3.「研修期間だから無給」または「試用期間は交通費だけ」

これも典型的な誤りです。
研修であっても、会社の指示下で労働していれば、それは労働時間です。
最低賃金以上の賃金を支払わなければなりません。


社労士が見る実務上の注意点と未払い防止策

■ 1.「経営計画」と「人件費計画」を完全に連動させる

多店舗展開や新業態の立ち上げ時には、「いつから売上が立つか」「いつから人件費が発生するか」を明確にし、キャッシュフローを可視化する必要があります。

店舗が稼働する前から人件費が発生するのは当然のことであり、
「売上ゼロ期間=賃金ゼロ」としてしまうと、法違反のリスクが発生します。

■ 2.開業準備・研修期間の労働契約書を明確に

開業前の従業員にも、必ず「雇用契約書」を交わし、以下のような労働条件を明記することが重要です。
・業務内容(例:開店準備作業、備品整理、研修参加など)
・就業場所(開業予定地、別店舗など)
・労働時間と賃金

これにより、「指示の範囲内で働いていた=労働である」ことが明確になり、後から「無給だった」と争われるリスクを減らせます。

■ 3.賃金支払いが困難な場合の相談ルート

もし経営難で支払いが難しい場合は、
・労働基準監督署
・社会保険労務士
・中小企業庁/信用保証協会の資金繰り支援制度
などに早期に相談することが肝心です。

支払えないまま放置すると、「未払い+報告義務違反」で送検リスクが一気に高まります。
早期に相談・分割払い・立替制度を検討することで、法違反を防ぐことができます。


飲食店経営者への実務アドバイス

■ 今回の事件から学べる3つの教訓

1️⃣ 売上がなくても「労働があれば賃金発生」
2️⃣ 資金難は法的免罪にならない
3️⃣ 相談・対策を怠ると書類送検の可能性

飲食業では、開業・閉店・改装など「売上ゼロの期間」が多く発生します。
しかし、その間にも人は働いており、最低賃金法と労基法の対象となります。

■ 社労士が提案する3つの予防策

開業準備契約の導入
 開店前スタッフに対して、短期有期雇用契約を結び、準備作業を明文化。
 これにより賃金計算・保険加入も適正化。

資金繰り予測シートの導入
 人件費・保険料・消耗品費などを月単位で可視化し、 「未払い発生月」を事前に把握して対策を打てる体制に。

給与支払不能リスクの早期相談
 資金が足りない段階で社労士や専門家に相談すれば、 分割支払い、助成金活用、法的支援などの打開策を講じられます。


まとめ

  • 「働かせた=賃金発生」
  • 「払えない=違法」
  • 「相談すれば防げる」

飲食店でも、開店準備・研修・撤退などで同様のトラブルは容易に起こり得ます。
未払い賃金は「放置すれば送検」につながる非常に重い違反です。


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💡 「支払えない」と感じた時点で、まずはご相談ください。
早期の相談が、会社と従業員を守る最大の防御策です。
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