監理団体指導員の「事業場外労働」と労働時間算定
業務日報だけで労働時間不算定と判断できるか?(最高裁判決の要旨に基づく実務対応)
目次
飲食業でも避けられない「外勤時間(事業場外労働)の見えないリスク」
飲食業というと「厨房やホールでの勤務」が中心と思われがちですが、実際には外勤(社外業務)が発生する場面が少なくありません。
たとえば次のようなケースです。
- 店舗責任者が複数店を巡回して点検・指導を行う
- 新店舗の開業準備のため、現場・業者・行政への訪問を行う
- アルバイトや技能実習生の採用・面接・研修に出向く
- 食材仕入れ、メーカー対応、イベント出張など
このように「事業場外で行う業務」は飲食業でも頻繁にあります。
しかし外勤業務は、「どこまでが労働時間なのか」「自己裁量で動いている時間は含まれるのか」といった点で、トラブルの温床になりやすい領域でもあります。
今回取り上げる最高裁判例(令和6年4月26日第二小法廷判決)は、まさにその問題を正面から扱いました。
この判決では、監理団体の指導員が事業場外で行った技能実習関連業務について、業務日報を根拠に「労働時間を算定し難いとき」とした原審の判断を違法としたのです。
つまり、「業務日報だけを信じて判断するのは危険」という重要なメッセージを最高裁が示した判例です。
このブログでは、判例の要旨をわかりやすく整理し、飲食業の現場に置き換えて、どのように時間管理を行えばいいのか、どこに注意すべきかを徹底的に解説します。
判例の概要:事案と判断のポイントを整理する
(1)事案のあらまし
対象となったのは、外国人技能実習制度の監理団体で働く指導員。
この指導員は、技能実習生を受け入れる実習実施者(飲食店や製造業など)を訪問し、指導・監督・生活支援などを行っていました。
主な業務内容は以下の通りです。
- 実習実施者への訪問指導
- 技能実習生の送迎
- 生活指導、相談対応
- トラブル時の通訳対応
つまり「現場に出向くこと」が中心の外勤業務です。
この指導員は、訪問スケジュールを自ら組み、休憩を自由に取ることもでき、直行直帰も許されていました。
その一方で、業務日報を作成し、訪問先・実施内容・時間を記録していました。
裁判では、この「業務日報」が労働時間算定の重要な資料となりました。
(2)争点
争点は、労働基準法38条の2第1項に定める「労働時間を算定し難いとき」に該当するかどうか。
この条文は、いわゆる「事業場外みなし労働時間制」に関する規定です。
(労働基準法第38条の2第1項)
労働者が労働時間の全部又は一部を事業場外で業務に従事する場合において、
使用者の指揮監督が及ばず、労働時間を算定し難いときは、
所定労働時間働いたものとみなす。
つまり、「どこでどれだけ働いているか把握できない」場合に、所定労働時間働いたものとみなすという制度です。
この「算定し難いとき」に該当するか否かが最大の争点でした。
(3)原審の判断
原審(下級審)は、「日報による報告があり、具体的な業務内容も把握できているため、算定し難いとまでは言えない」と判断しました。
- 日報がある
- 訪問内容・時間が記録されている
- 自由な裁量が認められている
以上の点から、みなし労働時間制の適用は認められない=通常の労働時間管理が必要、という結論でした。
(4)最高裁の判断
しかし最高裁はこの判断を覆しました。
理由は、「日報の正確性や客観的裏付けを十分に検討していない」という点です。
業務日報に記載された内容が、どこまで実態を反映しているか。
上司や第三者による確認・検証があったのか。
日報以外に時間を把握する仕組みがあったのか。
これらを十分に検討せず、形式的に日報を信頼した原審の判断は、労働時間算定に関する法解釈を誤った「違法」があるとされました。
判決が示した3つの重要な視点
① 「日報=客観的証拠」ではない
最高裁は、日報の存在だけで「労働時間を把握できる」とは限らないと明確に述べました。
特に本人が自己申告で記入する形式の日報は、信頼性の検証が不可欠です。
→ 飲食店でも「巡回報告書」「営業報告」「仕入れ日報」など、自己申告形式のものは多いですが、それだけを根拠に労働時間を確定するのは危険です。
② 「算定し難いとき」の判断は実態重視
条文上の「算定し難いとき」は、単に「外に出ているから」「上司が見えないから」という理由だけでは成立しません。
指揮命令系統・報告義務・スケジュール管理など、業務運用の実態を総合的に見て判断する必要があります。
③ 外勤の自由裁量と「拘束性」は別物
外勤中に「自分で休憩を取れる」「直行直帰できる」などの自由度があるとしても、会社の業務として拘束されている限り、それは労働時間に含まれます。
この点の誤解が非常に多いです。
飲食業に置き換えて考える「外勤業務の危うさ」
飲食業の現場では、次のようなケースが当てはまります。
(1)複数店舗を巡回するスーパーバイザー
多店舗展開するチェーン店では、SV(スーパーバイザー)やエリアマネージャーが日常的に店舗巡回を行います。
この際、移動・立ち寄り・報告作成などに時間がかかることがありますが、「直行直帰だから自由」と誤解されがちです。
実際には、会社の指示に基づき店舗を訪問している以上、拘束されている時間は労働時間に含まれる可能性が高いです。
(2)新店舗開業準備・イベント準備
開店準備や催事対応では、現場での調整・業者打合せなどの外勤が多く発生します。
このとき、上司からの明確な指示がなくても、会社の業務範囲内で動いていれば「労働時間」とされます。
(3)技能実習生の対応
技能実習生の生活支援やトラブル対応で、寮や行政機関に出向くこともあります。
こうした「緊急対応」は指示を待たずに動く場合が多いですが、会社の責務としての行動であれば労働時間です。
(4)仕入れ・市場対応
飲食店オーナーや店長が早朝の市場へ買い出しに行くケース。
店舗業務の一環である限り、出発から帰店までの時間は原則として労働時間と見なされます。
「業務日報」の信頼性をどう担保するか
日報が無意味というわけではありません。
むしろ「信頼性を担保すれば強力な証拠」になります。
以下の仕組みを整えることで、会社も従業員も守られます。
(1)記録内容の標準化
日報のフォーマットを統一し、必須項目を設ける。
必須項目例
- 出発時刻/帰社時刻
- 訪問先名/所在地/目的
- 実施した業務内容(箇条書き)
- 発生した問題・対応
- 添付(写真・領収書・予約記録)
- 上長確認欄
(2)第三者確認・デジタル証拠の併用
- 訪問先からの受領メールやチャット記録
- GPS勤怠アプリによる位置情報
- 交通費精算システムとの突合
- クラウド上の報告共有・上長コメント履歴
「紙の日報だけ」はもう古い。
デジタル証跡との組み合わせが、現代の労務リスク対策には必須です。
(3)上長承認のルール化
上司が内容を確認・コメントする仕組みを作る。
承認時刻が自動で記録されれば、客観的な証拠になります。
スマホで承認できる仕組み(例:Googleフォーム・LINE WORKS等)を導入するのも有効です。
(4)運用監査
労務担当者が定期的に日報と実績を突合し、疑義があればヒアリング。
「管理が形骸化していないか」を継続的に点検することが求められます。
トラブル時の対応と証拠確保
万が一、労働時間の認定が争われた場合、最も重視されるのは「客観的証拠」です。
(1)信頼される証拠の優先順位
- 勤怠システムの打刻履歴
- メール・チャットなどの通信記録
- 訪問先・顧客からの記録(入館記録、メール)
- 業務日報(上長承認付き)
- 本人の供述
この順に証拠価値が高まります。
つまり、日報単独では弱く、上長承認や外部記録とセットにする必要があります。
(2)外勤業務の「曖昧な時間」への対応
たとえば以下のような時間をどう扱うか、事前にルール化することが重要です。
- 店舗を出てから最初の訪問先までの移動時間
- 訪問後、次の目的地までの待機・休憩時間
- 帰社前に立ち寄った別業務の時間
労働時間と私用時間の線引きを明文化しておくことで、後のトラブルを防げます。
労務管理の整備ステップ(飲食業向けチェックリスト)
ステップ1:現状把握
- 外勤が発生している従業員の職種・頻度を洗い出す
- 実際にどのように記録されているかを確認
ステップ2:制度設計
- 外勤時の勤怠ルール(出発・終了連絡、報告様式)を就業規則または内規に明記
- 「直行直帰」「みなし時間制」「指揮命令」などの文言を整理
ステップ3:記録運用
- テンプレート導入+電子承認
- 記録と交通費・シフトデータの突合
ステップ4:教育と監査
- 管理職向けに「時間認定の考え方」を研修
- 年1回の外勤監査で改善提案
当事務所からのアドバイスと無料相談のご案内
外勤管理のポイントは、「自由に見えて拘束されている時間をどう把握するか」です。
労働時間トラブルの多くは、「うちは日報があるから大丈夫」と思っている会社で起こります。
実際、日報は書き方次第で“味方”にも“敵”にもなる記録です。
信頼性を担保した形で運用すれば、会社を守る最強の証拠になります。
しかし形式だけ整えて実態が伴っていなければ、逆に不利な証拠にもなりかねません。
✅当事務所では以下の支援を行っています
- 就業規則の「直行直帰」「みなし労働」条項整備
- 勤怠システム導入アドバイス
- 労働時間認定トラブル時の対応・証拠収集支援
まとめ
- 業務日報だけで労働時間を判断するのは危険
- 客観的な裏付け(上長承認・外部証跡)が不可欠
- 飲食業でも外勤は増加傾向。今こそルール整備を
「現場を信じる」と「記録を残す」は両立します。
正しい管理が、従業員を守り、経営を守ります。
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