労働時間の適正な把握のために~ 使用者が講ずべき措置と、飲食業における実務対応 ~



なぜ「労働時間の適正把握」が重要なのか

1. 労働時間管理は「経営リスク対策」

労働時間の管理は単なる事務作業ではなく、経営リスクの管理そのものです。
特に飲食業では、繁忙時間帯が偏り、シフト勤務やダブルワークが多いという業種特性があります。
こうした中で「労働時間があいまいなまま放置」されると、未払い残業代・過重労働・労基署の是正指導といった問題につながります。

近年の行政指導では、

「使用者は、労働者の始業・終業時刻を確認・記録し、労働時間を適正に把握しなければならない」と明確に定められています。

つまり「労働者に自己申告させるだけ」では不十分であり、経営者側に確認・管理の責任があるということです。


2. 飲食業における「曖昧な労働時間管理」の典型例

たとえば以下のようなケースは、実務上よく見られる問題点です。

  • タイムカードを押してから「片付け」や「締め作業」をしている
  • 店長裁量で「残業をつける/つけない」を判断している
  • 本部の勤怠システムが実際の勤務実態とずれている
  • シフトの変更が口頭で済まされ、記録が残っていない

これらはいずれも「労働時間の適正把握」ができていない状態です。
その結果、労働基準監督署の調査で過去3年分の未払い賃金を遡及支払いするケースが後を絶ちません。


3. 法律上の責任と社会的信頼の問題

労働基準法第32条では、1日8時間・週40時間を超える労働を原則として禁止しています。
時間外労働を行う場合には「36協定」を締結・届出した上で割増賃金を支払う必要があります。

もしこの基本ルールが守られていない場合、以下のようなリスクが発生します。

  • 是正勧告・指導書による法的リスク
  • SNS等での「ブラック店」拡散による信用リスク
  • 離職率の上昇・採用難の悪化

つまり、労働時間の管理=経営基盤の信頼性と直結しているのです。


始業・終業時刻の確認と記録方法

1. 労働日ごとの時刻確認が義務

厚生労働省の基準では、「労働日ごとに始業・終業時刻を確認し、記録すること」と明記されています。
単に「1日8時間勤務」と記載するだけでは不十分であり、毎日の時刻を把握・保存することが求められます。


2. 原則的な方法は2つ

(1)使用者が自ら現認して記録する
(2)タイムカードやICカードなど、客観的な記録をもとに確認・記録する

飲食業では②の「客観的な記録」に基づく管理が実務的です。
タイムカード・勤怠システム・スマートフォン打刻などを活用し、本人確認+自動記録が残る仕組みが望ましいでしょう。


3. ICカード・POS連携・カメラログの活用例

最近では、レジ(POS)ログ・防犯カメラの入退室時刻・スマホアプリ打刻などを組み合わせて確認するケースが増えています。
例えば「打刻忘れが多いスタッフにはカメラログを補完資料として確認」など、客観的なエビデンスの積み上げが信頼性を高めます。


4. 飲食店特有の課題と対応策

よくある問題対応策
タイムカードが厨房にあり、打刻忘れが多い打刻機を入口に設置・スマホ打刻導入
店長が代行入力している管理権限を分離し、本人打刻を原則化
閉店作業後に「あと5分だけ」などが頻発終業時刻を“片付け完了時刻”で統一

こうした「現場ルールの明文化」と「客観的記録の導入」が、適正把握の第一歩です。


自己申告制のリスクと注意点

1. 自己申告制とは

自己申告制とは、従業員自身が勤務開始・終了時刻を申告する方式です。
多店舗運営などで現認が難しい場合、一時的に導入されることがありますが、誤った運用は非常に危険です。


2. 不適正な運用の典型

  • 「残業は30分までしか申告できない」ルール
  • 「残業削減のため、申告時間を短く修正するよう指示」
  • 「定額残業代があるから、実際の残業はつけなくて良い」

これらはすべて、労働時間の適正把握義務に違反します。


3. 導入時の説明義務

自己申告制を導入する際は、以下の説明を従業員に行う必要があります。

  • 実際の勤務時間を正しく申告すること
  • 虚偽申告をしても不利益な取扱いをしないこと
  • 不正確な申告が続いた場合、調査・指導を行うこと

これを文書または説明会で明示しておくことが重要です。


4. 実態調査・是正の実施

自己申告時間と実際の勤務実態が乖離していないかを定期的にチェックすることも求められます。
たとえば「閉店作業に30分かかるが、打刻は退店時ではなくシフト上の時間」など、現場との乖離が発生しやすいポイントです。
必要に応じて、現場観察・面談・データ突合による調査を行いましょう。


5. 「定額残業手当」がある場合の誤解

「固定残業代を払っているから管理不要」という誤解が多く見られます。
しかし、定額残業手当はあくまで一定時間分の割増賃金を前払いしているだけであり、実際の労働時間の把握・管理義務は残ります。
基準を超える残業が発生した場合には、追加の割増賃金を支払う必要があります。


記録保存と管理責任体制

1. 記録の保存義務

労働基準法第109条では、「労働時間の記録は3年間保存すること」と定められています。
保存対象となるのは、タイムカード、勤怠データ、残業命令書、報告書などです。
また、賃金台帳にも労働時間を記録しなければなりません。


2. 保存の実務ポイント

  • システム導入時は「削除制限」「改ざん防止」の機能を確認する
  • PDF等で保管する場合は「日付・従業員名」が分かる形式に統一
  • クラウド勤怠でも3年以上の履歴が保証されるか要確認

飲食店では店舗移転や閉店時にデータが消失することもあるため、バックアップ運用を本部で管理する体制が安全です。


3. 労働時間を管理する者の責務

店舗責任者・エリアマネージャー・本部労務担当は、それぞれの立場で以下の責任を負います。

  • 店舗:現場の打刻・シフト管理の適正運用
  • エリア:各店舗の労働時間実態の把握・是正指導
  • 本部:システム整備・方針統一・監査対応

これらを体系的に整理し、「誰が」「どのレベルで」「何を管理するか」を明確にすることが肝要です。


4. 労使協議組織の活用

長時間労働や管理方法に課題がある場合は、「労働時間等設定改善委員会」などを設置し、労使で協議することが推奨されています。
飲食業では、現場の声を拾う「店舗代表ミーティング」「本部・現場の協議会」などを形式的でも開催することで、改善意識を高めることができます。


飲食業における労働時間管理の実務と当事務所からのアドバイス

1. 現場任せにしない「本部主導の勤怠体制」

飲食業では、「店長が勤務時間を判断して報告」という体制が多く見られます。
しかし、これは法的には不十分です。
本部が統一ルールを策定し、勤怠システムで一元管理することが望まれます。


2. 実務でありがちな落とし穴

  • 打刻時間と給与計算が連動していない
  • 店舗によって残業申請ルールが異なる
  • 深夜手当の計算が固定化されている
  • 休憩時間の管理があいまい

これらの放置が「未払い残業」の温床になります。
特に飲食店では閉店後の片付けや発注作業など、**“見えない労働”**が発生しやすい点に注意が必要です。


3. 改善のステップ(導入順序の目安)

① 現場実態のヒアリング
② 勤怠システム・ルールの整備
③ 管理者研修・従業員説明会の実施
④ 定期モニタリングと是正報告制度

このPDCAを3か月単位で回すことが、法令遵守の鍵となります。


4. 労基署調査対応のポイント

調査で必ず確認されるのは以下の3点です。

  1. 労働時間の記録(打刻データ)
  2. 賃金台帳との整合性
  3. 36協定の届出・運用実態

特に「36協定の範囲を超えて働いているのに、協定時間を修正していない」ケースは重大な違反となります。
調査の際には、“見える化”されたデータ管理が最も有効な防御策です。


5. 当事務所からのアドバイス

当事務所では、飲食業に特化した労務管理サポートとして、以下のような対応を行っています。

  • 勤怠システム導入支援(導入~設定~運用サポート)
  • 就業規則・36協定の整備・見直し
  • 管理者・店長向けの労務研修(労働時間・残業管理)
  • 労基署調査・是正勧告対応の実務支援

経営者の方には、「現場任せの労務管理」から「本部主導の見える管理」への転換を強くお勧めします。


6. まとめ

  • 労働時間の把握は「経営者の義務」
  • 自己申告制は例外的にしか認められない
  • 客観的記録+保存体制が法令遵守の要
  • 飲食業では現場実態に合わせた柔軟な運用設計が必要

正確な労働時間管理は、「従業員を守るためのルール」であると同時に、「経営を守る防波堤」でもあります。


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