懲戒処分の手順・証拠保全が不十分で争いになる

飲食業の現場で起きやすい“感情的懲戒”を防ぐ正しいステップ


飲食業で懲戒処分がトラブルになりやすい理由

飲食店の現場では、店舗運営が忙しく、日々のコミュニケーションもスピーディに行われます。
「店の信用に関わる」「もう我慢できない」と、感情的に従業員を叱責・処分してしまうケースも少なくありません。
しかし、この“即断懲戒”こそが、後に労働トラブルの火種となるのです。

実際に、飲食業界で多い懲戒処分トラブルは以下のようなパターンです。

  • 無断欠勤や金銭トラブルで「即日解雇」にしたところ、後日「不当解雇」と訴えられた
  • 店舗での不正行為を聞きつけたが、本人の弁明を聞かず処分してしまった
  • 就業規則に懲戒の根拠条文がなく、処分理由が“経営者の主観”になっていた
  • 口頭注意・始末書・停職などを行ったが、証拠書類を残していなかった

飲食業は「チームで回す現場」。
一人の不誠実な行動が他スタッフに影響することも多く、経営者としては厳しく対応したくなる場面が多いのも事実です。
ですが、懲戒処分は「労働者の生活に重大な影響を与える最も強い制裁手段」であり、手続や証拠を誤ると処分自体が無効になる可能性があります。

実は、多くの経営者が「正しい懲戒処分の進め方」を体系的に学んだことがなく、就業規則の中身も専門家任せのままというケースが多いのです。
本記事では、飲食業の現場で実際に起こりやすい懲戒処分トラブルのパターン、手続の基本、証拠保全のコツ、そして労使トラブルを防ぐ具体策を、社会保険労務士の視点から詳しく解説します。


懲戒処分の法的ルールと種類(労働基準法・就業規則)

1. 懲戒処分とは何か

懲戒処分とは、労働者が企業の秩序を乱す行為を行った場合に、使用者が制裁を科す行為です。
ただし、懲戒には厳格なルールがあり、「就業規則に定めがある場合に限り」有効とされています。
(労働基準法第89条・91条)

つまり、「就業規則に懲戒事由や処分の種類が明記されていない場合」は、たとえ重大な違反があっても懲戒処分は原則無効です。

2. 主な懲戒処分の種類

一般的な飲食店で想定される懲戒処分には、以下のような段階があります。

区分内容法的リスク
口頭注意・指導最も軽い。正式な懲戒ではない。特になし(記録は残す)
始末書提出・戒告書面による反省文・注意処分。不当な強要はNG。
減給の制裁労基法91条で上限あり(1回の減給は平均賃金の1日分の半額まで)。超過減給は無効。
出勤停止(停職)一定期間の就労停止。手続・記録が必要。
諭旨解雇重いが猶予あり。解雇理由の合理性・相当性要。
懲戒解雇最も重い処分。即時退職。証拠・手続不備なら無効。

3. 懲戒の二大原則

1️⃣ 就業規則主義:懲戒の種類と事由が就業規則に明記されていること。
2️⃣ 相当性原則:行為の内容に対して処分が過剰でないこと。

たとえば、レジ誤差1,000円で懲戒解雇は「過重処分」として無効の可能性が高いです。
つまり、「処分する理由」と「処分の重さ」に整合性が必要なのです。


手順・証拠が不十分なケースで実際に起こる争い

懲戒処分が争われる典型パターンは、「手続と証拠の欠落」です。
特に飲食業では以下のような事例が多く見られます。

1. “言った・言わない”問題

管理者:「もう注意したはずだ!」
従業員:「そんな話、聞いてません!」

→ 記録が残っていないと、経営者側が立証できず懲戒無効になる。

2. 処分理由の一貫性がない

店長:「無断欠勤が多いから停職」
オーナー:「金銭トラブルもあったから解雇」

→ 理由の食い違いがあると、懲戒の正当性が崩れる。
裁判では「懲戒理由の特定性」が求められます。

3. 弁明の機会を与えなかった

労働者には、処分前に自己弁明の機会を与えることが求められます(労働契約法・判例上)。
弁明聴取なしで懲戒を行うと、「一方的」「不公正」と判断され、無効になるリスクが高まります。

4. 証拠が曖昧

監視カメラ・LINE履歴・日報・防犯記録など、証拠の保全を怠ると、いざ裁判になったときに証明できません。
飲食店では「防犯カメラ上書き」「口頭報告で処理」「手書きメモ廃棄」など、証拠が消えるケースが非常に多いです。

5. 結果としてのリスク

  • 処分無効 → 給与支払義務が復活
  • 名誉毀損・不当解雇訴訟
  • 労働基準監督署の調査
  • SNSでの炎上・口コミ被害

懲戒は“正しく行えば秩序維持の有効手段”ですが、手続を誤ると経営・信用・チームワークすべてを失う結果にもなります。


飲食店でよくある「懲戒の誤り」実例とリスク

1. 即日解雇・即出勤停止

→ 「明日から来なくていい!」という対応は、懲戒解雇ではなく“口頭解雇”扱いになります。
後日「解雇理由書」もない場合、労働審判で高確率で無効。

2. 始末書の強要

→ 従業員に反省文を無理に書かせると、「強要による不利益取扱い」として逆にトラブル化。

3. 店舗LINEグループでの公開叱責

→ 同僚への晒し行為・人格否定発言は、パワハラ・名誉毀損リスク。

4. 就業規則に懲戒条項がない

→ 「規定なし=懲戒できない」ため、再発防止もできず、秩序維持不能に。

5. 証拠保存を怠る

→ 監視カメラ上書き、データ削除で“証明不能”となり、処分がひっくり返る。


正しい懲戒処分の進め方(手順・記録・証拠)

懲戒処分は、次の5ステップを踏むことが望ましいです。

1️⃣ 事実確認・証拠収集
 → 日報・勤怠記録・防犯映像・関係者メモを確保。
2️⃣ 本人へのヒアリング(弁明機会)
 → 一方的処分はNG。記録・署名が望ましい。
3️⃣ 懲戒委員会または複数人決裁
 → 店長単独判断を避け、客観性を担保。
4️⃣ 懲戒処分書の作成・交付
 → 処分日・理由・根拠条文を明示。
5️⃣ 記録・証拠保管(3年程度)
 → 将来の紛争防止のため、全資料を保存。

飲食店は現場裁量が大きいからこそ、複数人チェック+書面化が不可欠です。


トラブルを防ぐための就業規則・証拠保全の工夫

1. 就業規則の懲戒条項を細かく設計する

  • 無断欠勤何日以上
  • 顧客情報漏洩
  • SNS投稿・信用失墜行為
  • 金銭トラブル
  • 業務命令違反
    など、飲食業特有のリスクを具体的に明文化する。

2. 証拠は「客観」「時系列」「継続性」

  • いつ
  • どこで
  • どのように
  • 誰が見た/記録したか
    この4点を残す。
    LINE・メール・日報・映像などを一元管理する仕組みを整える。

3. 店長教育の徹底

懲戒は「感情ではなく手続」。
現場責任者に“法的リスクの教育”を行うことで、処分のブレを防ぐ。


社会保険労務士からのアドバイス・相談のご案内

懲戒処分は、経営者の判断が問われる繊細な領域です。
「放置すれば秩序が崩れる」「厳しくすればトラブルになる」――その狭間で悩む飲食店経営者は多くいらっしゃいます。

当事務所では、以下のようなサポートを行っています。

  • 飲食業専用の就業規則・懲戒規程の設計
  • 懲戒・解雇時の証拠整理と対応助言
  • 労働審判・監督署調査の実務対応サポート
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正しいルールを整えれば、スタッフの信頼を失うことなく“秩序ある職場”を作ることが可能です。
曖昧な判断をせず、ぜひ一度専門家にご相談ください。


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