スポットワークの「直前キャンセル」は解雇にあたるのか?

飲食店が知っておくべき法律リスクと正しい対応

スポットワーク急拡大と“見えない労務リスク”

飲食業界では近年、深刻な人手不足が続いています。

正社員もアルバイトも採用が難しく、「急な欠員をどう埋めるか」が店舗運営の大きな課題になっています。

そのなかで急速に普及したのが スポットワーク です。
数時間単位で働けて、アプリ上で人材を募集・採用できる便利さから、「今日のランチだけ人がいない」「土日だけのヘルプがほしい」という飲食店のニーズにぴったり合致しました。

さらに、学生や主婦側としても気軽さが受け、登録者は爆発的に増えています。

  • 予定の合間に働ける
  • 面接不要
  • シフト提出が不要

便利な仕組みである一方、実は飲食店側には重大なリスクが潜んでいます。

それが今回のテーマである “直前キャンセル”問題 です。


● スポットワークで起きやすい3大トラブル

多くのスポットワーク利用企業で問題になるのが次の3つです。

  1. 店舗都合の直前キャンセル → 未払い賃金請求
  2. 働きに来たらシフトが入っていなかった → 稼働保障
  3. 労働条件の不一致 → 契約トラブル

このうち最も深刻で、今後訴訟が増えると考えていたのが、今回ニュースになった 企業側の直前キャンセル になります。

ついに、スポットワークをめぐって 企業が大学生アルバイトから提訴されるケース が表面化しました。


● スポットワークは“ギグワーク”ではなく「労働契約」

特に重要なのは、スポットワークが“ギグワーク(請負)”ではなく、労働契約に基づく雇用関係である という点です。

飲食店側ではまだ誤解が残っており、以下のように考える担当者もいるが、これは誤りです。

  • 一回きりの仕事だから請負だろう
  • シフトに入れるかは店舗判断で自由
  • 合わなければキャンセルしてOK

実態として「指揮命令」があり、企業の業務に従事する以上、完全に“労働者”として扱われます。

  • 労働条件通知書が必要
  • 労基法の規制を受ける
  • 契約途中の解除は原則認められない
  • 一方的キャンセルは“解雇”に当たる可能性

上記のような厳しい規制が適用されます。

今回の裁判は、スポットワーク利用飲食店にとって 今後の運用を左右する極めて重要な事件 だといえます。


スポットワーク直前キャンセル訴訟の概要

今回、ニュースとして取り上げられたのは次の事案です。


● 【事件概要】

  • 原告:スポットワークで働く大学生
  • 被告:飲食店2社
  • 請求内容:未払い賃金 14,125円
  • 問題となった行為:企業側が 直前でキャンセル
  • 原告の主張:
     マッチング成立時点で有期の労働契約が成立しており、 キャンセルは違法な解雇に当たる

● 労働条件通知書の気になる文言

スポットワークのアプリを通じて交付された労働条件通知書には、次のように記載されていました。

「雇用契約は出勤時にQRコードを読み込むことで締結される」

企業側はこの文言を根拠に以下のように主張する可能性があります。

  • アプリ上の「承認」時点では契約は成立していない
  • 出勤して初めて契約が発生する
  • したがってキャンセルは“契約前の取り消し”であり違法ではない

しかし、学生側の主張は次のとおりです。

  • マッチング時点で日時・賃金・業務内容が確定している
  • 企業が承認している
  • 労働契約法上の契約成立要件は満たしている
  • よって直前キャンセルは“契約途中の解約(=解雇)”である

まさに、「いつ労働契約が成立したのか」が争点になります。


● 請求額が小さくても裁判をする理由

14,125円のために裁判?と感じる方もいると思います。

ですが、実務的には次のような理由が考えられます。

  • 少額訴訟なら手続きが簡単
  • 法律的に決着をつけたい学生が増えている
  • SNSでの注目度が高い
  • スポットワークの不公平さへの問題意識

そして何より、スポットワークの運用ルールが曖昧な企業が非常に多く、社会的関心の高まりから、今後同じような訴訟が増えることは確実といえます。


法律的に「契約成立時期」をどう判断するか?

ここからは、本件の核心となる 契約成立時期 の法律解説になります。

飲食店がスポットワークを使う場合、“最重要ポイント”であり、今後の運用を左右する。


1. 労働契約法6条:申込みと承諾で契約は成立する

労働契約は、民法・労働契約法のルールに従い以下でで成立します。

  • 労働者の申込み
  • 使用者の承諾

スポットワークの場合、「応募」 → 労働者の申込み、「承認」 → 使用者の承諾と解釈するのが極めて自然です。


2. 労働条件の主要部分が確定していれば契約成立

契約成立には主要項目が決まっている必要がある。

  • 日時
  • 場所
  • 仕事内容
  • 賃金額

スポットワークでは、ほぼ全ての案件でこれらが確定した状態で企業が“承認ボタン”を押します。

したがって 承認=契約成立 と考えるのが通常の労働法的判断になります。


3. 「QRコード読み取りで契約締結」という特約の効力

本件の最注目ポイントです。

● 法律(労働契約法)は「実質」で判断する

たとえ書面に”QR読み取りで契約が成立する”と書いてあっても、実質として以下の状態になっていれば、契約はすでに成立していると判断される可能性が高い。

  • 双方が日時を確定
  • 双方が合意し
  • 働く準備が整い
  • 労働者がその仕事のために予定を空けている

契約の成立時期は、形式より「実質」で判断されます。


4. “契約前キャンセル”ではなく“契約途中の解雇”になる可能性

仮に本件で契約成立がマッチング時と認定されれば、

企業の直前キャンセルは「有期契約の途中解約」=解雇ということになる。

この場合、企業側には立証する重い負担がかります。

  • やむを得ない事由の立証(労契法17条)
  • 解雇の合理性・相当性の立証(労契法16条)

「人が足りてしまった」、「シフトが重複した」、「店長がミスに気づいた」などの理由では解雇の合理性が認められない


5. 直前キャンセルは“民法536条”でも賃金支払義務が生じる

さらに重要なのは、次の規定です。

● 【民法536条】

使用者の責めに帰すべき事由で労務が提供できなかったときは、賃金を支払わなければならない。

  • 契約成立していた
  • 店舗都合でキャンセル
  • その結果、働けなかった

賃金全額支払い義務が発生する

飲食店としては非常に重い負担になります。





飲食店が直前キャンセルで負う“法的リスク”を徹底解説

スポットワークの直前キャンセルは、飲食店が思っている以上に重く、「数千円だから問題ない」というレベルではないです。

ここでは、飲食店が負うリスクを、労働法・民事責任・行政リスクの観点から総合的に解説します。


■ リスク① 未払い賃金の支払い義務(民法536条)

最も直接的なリスクです。

  • 契約成立
  • 店都合でキャンセル
  • 結果、労働者が働けなかった

この場合、法律上は “賃金全額” の支払い義務が発生します。

店舗側は「働いていないのに支払うの?」と驚くかもしれませんが、これは 民法536条2項 によるものです。

労働法でも判例でも繰り返し示されている“鉄則”です。


■ リスク② 解雇扱いによる損害賠償リスク(有期雇用)

今回のケースのように”マッチング成立 = 契約成立”と判断されれば、直前キャンセルは 「契約途中での一方的解約」=解雇 に該当する可能性が極めて高いです。

有期契約の途中解約は、「やむを得ない事由」が企業側にない限り、原則として許されません。

「シフトが被った」「急に人が確保できた」では“やむを得ない事由”になりません。

認められるのは、

  • 店舗が災害で営業不能
  • 経営破綻
  • 労働者側の重大な非違行為

など、非常に限定されます。

よって、企業側のキャンセルは 違法な解雇 と判断される可能性が高いです。

その結果、以下のような負担を負うことになる可能性があります。

  • 未払い賃金
  • 解雇相当の損害賠償
  • 弁護士費用の一部負担

■ リスク③ 労基署からの是正指導・監督

スポットワークのトラブルは現在、労働局・労基署でも注目されています。

  • 労働条件通知が曖昧
  • 契約成立時期が不明確
  • 実態と書面が矛盾
  • スポット労働者の扱いが不統一

飲食業界ではという問題が多く、相談が急増している分野 になります。

今回のようなケースがニュースになれば、飲食店の名前が出ていなくても、地域の労基署は確実にチェックを強めます。

監督結果として、是正勧告、未払い賃金支払い命令に発展する可能性があります。


■ リスク④ SNSでの炎上(最も深刻な経営ダメージ)

飲食店にとって最も致命的なのは、SNSでの炎上リスク です。

スポットワークでの直前キャンセルは、利用者層の大半が10〜20代であり、情報発信に慣れた世代でもあります。

  • スクショ
  • チャット画面
  • 労働条件通知書
  • 企業名
  • 店舗名

これらが簡単に拡散してしまいます。

「働く予定だったのに企業にキャンセルされた」という投稿は、同情を集めやすく炎上しやすい。

1件のクチコミ・投稿で

  • 求人応募数が激減
  • アルバイトが集まらない
  • 常連客からの問い合わせ
  • 本部へのクレーム

といった連鎖的ダメージを引き起こします。

飲食店にとって、最も避けたいリスクといえます。


飲食店が今すぐ取り組むべき“実務対策”

ここからは、飲食店専門社労士として“具体的な実務対策”を整理します。

スポットワークは便利である一方、労務管理は通常アルバイト以上に複雑で、法的トラブルに発展しやすいです。


■ 対策① 「契約成立時期」を明確に定義する

今回の裁判の争点です。

解決策としては、

  • マッチング時点で契約成立
  • 契約内容をアプリと通知書で一致させる
  • 企業側判断でのキャンセルは禁止

という原則を明記する必要があります。

“QR読み取り”を契約成立とする方式は非常にリスクが高く、改善すべきです。


■ 対策② 店舗都合キャンセルは原則禁止

スポットワーク運用で最も重要なルールです。

どうしてもキャンセルが必要な場合は、以下を整備すべきです。

  • クローズ時点で上長承認
  • 代替案提示
  • 補償規定(一定の金額支払い)

■ 対策③ 業務内容・賃金・時間の明確化

特に飲食店では、実際の業務が当日になって変更されるケースもあります。

だが、スポットワークでは

  • 想定と違う業務
  • 想定より短時間で終了
  • 清掃だけやらされた

といったトラブルが非常に多く、事前情報を正確に書くことが重要になります。


■ 対策④ 労働条件通知書テンプレートの見直し

多くの飲食店では、アプリ側のテンプレをそのまま使っているが、それでは不十分 です。

企業ごとのルールに合わせて独自のテンプレを作る必要になります。

  • 契約成立時期
  • キャンセルルール
  • 遅刻・欠勤規定
  • 労働時間
  • 賃金支払い方法
  • 交通費支給条件

と思いますこれらを書面化しておくことで、トラブルの9割は防げると思います。


■ 対策⑤ 店長・責任者向けの教育

現場の店長が次のように思い込んでいるケースが多いです。

  • スポットワークは“バイト”と同じ
  • キャンセルしても問題ない
  • アプリの運用は自由にしてよい

しかし、法的には通常のアルバイトと同じ「労働者」扱い です。

理解していなければすぐにトラブルになります。


■ 対策⑥ 問題が起きた場合は記録を残す

トラブル時は、記録を残すことが重要です。

  • チャット
  • メッセージ
  • 店舗状況
  • キャンセル理由
  • 業務状況の記録

裁判になれば、“企業側が記録を残しているか” が勝敗を左右します。


実際の相談事例から見る“飲食店が陥りがちな落とし穴”

ここでは、実際に飲食店で起きているスポットワークのトラブルを分析します。


■ 事例①:シフトが埋まったため店長が勝手にキャンセル

最も多い典型例です。

店長裁量でキャンセルしてしまう ケースが多く、法律的には、企業側が完全に不利になります。

  • 契約成立後 → 解雇扱い
  • 店都合 → 賃金支払い義務

企業側としては店長にキャンセル権限を与えない運用が必要になります。


■ 事例②:店長交代による意思統一の乱れ

スポットワーク導入初期は教育していても、店長が変わると“古いやり方”に戻ってしまうこともあります。

  • キャンセルの判断が曖昧
  • 表示業務と実務が異なる
  • 初日から重作業を任せてしまう

これは飲食店で多発する問題です。

「属人的運用」が最大のリスクになります。


■ 事例③:実際の労働内容と事前の表示が違う

スポットワークでは“釣り案件”が社会問題になっています。

例:

  • 皿洗いと書いていたが、実際は調理補助
  • ホール業務といいながら清掃作業のみ
  • 3時間予定が30分で終了

これらはすべてトラブルの要因になります。

業務内容は必ず実態に合わせる必要があります。


■ 事例④:地方案件での交通費・移動時間トラブル

地方の飲食店では交通費問題が多いです。

  • 交通費込み
  • 実費支給なし
  • 移動に1時間以上かかる

これらは、賃金トラブルになりやすいです。


■ 事例⑤:契約内容がアプリと通知書で矛盾している

今回の裁判でも争点となった契約内容がアプリと通知書で矛盾しているケースが非常に多いです。

  • アプリ → 承認で成立
  • 通知書 → QR読み取りで成立

矛盾がある場合、裁判所は「労働者に有利な実態」 を基準に判断します。


今回の裁判が飲食業界に与える影響と、企業が取るべき対策

本件は請求額が小さいですが、飲食店にとっては非常に大きな意味を持ちます。


■ 飲食業界全体に広がる“スポットワーク再設計”の流れ

今後、次のような動きがある可能性があります。

  • 契約成立タイミングの明確化
  • アプリ側の仕様変更
  • キャンセルルールの厳格化
  • 労働条件通知書のアップデート
  • 労基署の監督強化

特に飲食店は人手不足でスポット頼みの店舗が多いため、影響は非常に大きいです。


■ すぐに取り組むべき対応

  • 自社の運用をすべて棚卸し
  • 店舗ごとのルール統一
  • 労働条件通知書の改訂
  • 店長研修の実施
  • 契約フローの整備
  • トラブル発生時の連絡ルート確立

これらを整備しておかないと、今回のような訴訟リスクに直面します。


■ 当事務所としてのアドバイス

スポットワークは、“最も便利で、最も危険な労働形態” です。

  • 契約成立時期
  • キャンセルルール
  • 実態との齟齬
  • 店長教育
  • 労働条件通知書

これらを確実に整備すれば、トラブルは大きく減らせます。

逆に放置すれば今回のような訴訟が増えていく可能性があります。

飲食店としては、「スポットでも、普通のアルバイトと同じく“労働者”である」という大前提を理解し、適切な運用を行う必要があります。


■ 最後に:スポットワーク運用のご相談はお気軽に

当事務所では、飲食店に特化し以下のような対応を一貫してサポートしています。

  • スポットワーク対応規程
  • 契約フローの構築
  • 労働条件通知書テンプレ作成
  • 店長研修
  • トラブル対応
  • 労基署対応

スポットワークに不安がある今回のようなリスクを避けたい企業様は、ぜひ一度ご相談ください。
 お電話や  お問い合わせフォーム から、お気軽にご相談ください。
初回相談はオンライン・無料対応しています。