飲食業におけるカスタマーハラスメント対応


~従業員を守りながら、顧客との信頼関係を維持するために~


飲食業を直撃する「カスタマーハラスメント」の現実

1.飲食店で増加するカスハラ被害

「お客様は神様です」。
この言葉は日本のサービス業を象徴するフレーズとして長年使われてきました。
しかし、現代の現場ではその言葉が重荷となり、従業員の心身を追い詰めているケースが増えています。

飲食店では、以下のようなことが日常的に発生しています。

  • 「料理が遅い」「味が気に入らない」と怒鳴る
  • SNSで店名を晒すと脅す
  • 無理なサービスや値引きを要求する
  • 店員への人格否定や差別的な発言を繰り返す

いわゆる「カスタマーハラスメント(カスハラ)」です。

厚生労働省も2022年以降、「カスハラ防止」に関するガイドラインを公表し、企業に対し 職場のパワハラ防止法制の一環として取り組みを求める 姿勢を示しています。


2.カスハラとは何か ― 定義と位置づけ

厚生労働省のガイドラインによれば、カスタマーハラスメントは以下のように定義されています。

「顧客や取引先などからの著しい迷惑行為、又は合理的範囲を超えた要求等により、労働者が就業環境を害されること」

つまり、「クレーム=カスハラ」ではありません。
正当な意見や苦情と、人格攻撃や威圧的な要求は区別すべき なのです。

飲食店ではこの線引きが曖昧なまま、「お客様だから我慢するしかない」と対応し続け、結果的に従業員が退職・メンタル不調に陥るケースが後を絶ちません。


3.飲食業が特にカスハラを受けやすい理由

飲食店がカスハラの温床になりやすいのは、以下の3つの要因が重なるためです。

1️⃣ 接客の密度が高い(対面・長時間)
 店員と客の距離が近く、感情的なやりとりになりやすい。

2️⃣ サービス提供が即時性を求められる
 「すぐに」「今すぐ」「俺のテーブルを先に」といった要求に対応せざるを得ない。

3️⃣ 従業員が若年・非正規層中心
 アルバイト・パートが多く、クレーム対応の教育が十分でない。


法的観点からみるカスハラ ― 経営者が理解すべき責任範囲

1.使用者責任(民法715条)のリスク

カスハラを放置した場合、経営者が問われる可能性があるのが 使用者責任 です。
例えば、顧客からの暴言・脅迫により従業員が精神疾患を発症した場合、「会社が安全配慮義務を怠った」として損害賠償請求を受けることがあります。

安全配慮義務は、労働契約法5条で定められた基本的な義務。
職場の安全には 顧客対応中の心理的安全 も含まれます。


2.労災認定の対象にもなりうる

実際に、顧客からの暴言・暴力でメンタル不調に陥り、労災認定 されたケースも出ています。

たとえば、以下のようなケースです。

  • 常連客から継続的に人格攻撃を受けた
  • SNSで誹謗中傷され、それをきっかけに出勤困難となった
  • 暴力を受けたが、店が被害届を出さず放置した

労災保険給付の認定を受けたとしても、経営者の安全配慮義務違反は別途問われる 可能性がある点に注意が必要です。


3.刑事事件に発展することも

顧客側の行為が以下に該当する場合、刑法上の犯罪として警察対応が可能です。

  • 暴行罪(刑法208条)
  • 威力業務妨害罪(刑法234条)
  • 脅迫罪(刑法222条)
  • 名誉毀損・侮辱罪(刑法230・231条)

店舗としては、「警察沙汰は避けたい」という心理が働きますが、一線を越えた行為に対して毅然とした対応を取ることが再発防止につながる のです。


現場でできる!カスハラ防止の実践ステップ

1.まず「線引き」を明文化する

飲食店において最も重要なのは、どこまでが正当なクレームで、どこからがハラスメントか
を社内ルールとして明確にすることです。


【カスハラ該当例】

  • 長時間の説教・罵倒
  • 店員の人格否定・容姿批判
  • SNS投稿を盾にした脅迫的要求
  • 支払い拒否・値引き強要
  • 執拗な個人指名クレーム

【通常の苦情対応】

  • 料理の温度、味、提供ミス等への指摘
  • 店舗衛生や接客態度への冷静な意見

この違いをマニュアル化し、従業員教育に活かすことで「我慢すべきではない事案」を早期に察知できます。


2.従業員が「助けを求めやすい仕組み」を作る

多くの店舗で問題となるのが、「上司に報告しても無駄」「忙しくて言い出せない」という“沈黙の文化”です。

これを防ぐには、以下の項目を整備しましょう。

  • クレーム報告フォームやLINE報告ルートの整備
  • シフトリーダーへの一次相談体制
  • 被害を受けた従業員への面談・記録保存

特に「記録に残す」ことは非常に重要です。
録音・メモ・防犯カメラ映像が後の対応判断を左右します。


3.マニュアル+トレーニングの導入

クレーム対応マニュアルを整備し、「想定問答」や「対応フロー」を共有します。

例:暴言を受けた際の対応フロー

  1. 落ち着いて距離を取る
  2. 上司・責任者へ即報告
  3. 店舗全体でフォロー(他スタッフ交代など)
  4. 事後に記録・再発防止会議

この流れを繰り返し訓練(ロールプレイ)しておくことで、アルバイトでも冷静な対応ができるようになります。


4.「毅然とした対応」を社として支援する

現場スタッフが暴言を受けても、「すみません」と謝るしかない雰囲気では再発します。

経営者は「理不尽な要求には屈しない方針」を明確に打ち出し、従業員を守る姿勢を示す必要があります。

このような発信は、従業員満足度(ES)の向上につながり、離職率低下にも効果的です。


制度とルールづくり ― 経営者が取るべき組織的対応

1.就業規則・ハラスメント規程への明記

厚労省は、事業主に対して「顧客等からの著しい迷惑行為に関する方針を定め、従業員に周知すること」を推奨しています。

就業規則に次のような条文を加えることが望ましいです。

第◯条(顧客等からの迷惑行為への対応)
会社は、顧客その他の取引関係者からの暴言・暴力・不当要求などにより従業員の就業環境が害されることのないよう、必要な措置を講ずる。

これを社内研修等で周知し、「カスハラは会社として対応する」というメッセージを明確にすることが重要です。


2.相談窓口・報告ルートの整備

パワハラ・セクハラと同様、カスハラも内部相談体制が不可欠 です。

  • 専用メール・匿名フォーム
  • 店長・エリアマネージャー経由の報告ルート
  • 定期的なヒアリング(ミーティング内)

店舗単位では限界があるため、本部で統一した相談対応体制を設けることを推奨します。


3.対応履歴と再発防止記録の保存

一度発生したカスハラは、「どのように対応したか」「再発防止策を講じたか」を文書で残すことが、後のトラブル防止になります。

報告書には以下の要素を記載します。

  • 発生日時・場所・担当者
  • 顧客の言動内容
  • 会社の対応・通報有無
  • 経営判断(出入り禁止等)

4.「顧客対応ポリシー」を公表する

大手飲食チェーンでは、すでに「お客様からの迷惑行為には対応をお断りする」旨をHP等で明示する例も増えています。

たとえば、このような表示は、店舗を守る抑止力となります。(※入口やメニューへの掲示も有効)

当店では、従業員への暴言・暴力・迷惑行為に対しては、警察への通報や入店をお断りする場合があります。


経営者へのアドバイスと今後の展望

1. 「サービスの質」は「我慢の量」ではない

飲食業では、「どこまで我慢すべきか」という感覚で対応を判断しがちです。
しかし、従業員の尊厳を守ることは、結果的に店舗の信頼とブランド価値を守ること に直結します。

「お客様の理不尽に屈しない店」は、従業員からも顧客からも支持されます。


2.SNS時代の「新しいカスハラ」への対応

近年では、次のような被害も増えています。

  • SNSで店名を晒す「ネットカスハラ」
  • クチコミ操作・偽レビュー投稿

店舗は「口コミリスク」だけに反応するのではなく、事実関係を整理し、冷静な公式コメントを出す体制 を整えることが重要です。


3.警察・社労士・弁護士との連携

悪質なカスハラに対しては、外部専門家との連携 が欠かせません。

  • 警察:暴行・脅迫・業務妨害等への通報
  • 弁護士:警告書・出禁措置・損害賠償対応
  • 社労士:社内ルール・相談体制構築・従業員教育

トラブルが起きてからではなく、「起きる前に仕組みを作る」 ことが経営リスク回避につながります。


4.当事務所からのアドバイス

飲食業は、サービス業の中でも特にカスハラ被害が多い分野です。
一方で、現場任せにされがちな領域でもあります。

社会保険労務士の立場からお伝えしたいのは、「人を守る仕組み」こそが人材定着と経営の安定を生む ということです。

当事務所では、飲食店を法的にも心理的にも支援しています。

  • カスハラ防止規程の作成
  • 店舗向けクレーム対応研修
  • 労災・安全配慮義務リスク対策

5.まとめ:経営者が今すぐ着手すべき3ステップ

1️⃣ カスハラの定義・線引きを社内で共有する
2️⃣ 報告・相談ルートを整備し、記録を残す
3️⃣ 方針を明文化し、従業員を守る姿勢を打ち出す


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