「年次有給休暇の買取」と「雇用区分変更」(社員→アルバイト)の落とし穴


飲食業で発生する「有給の買取トラブル」とは


1 飲食業界で「有給の買取」相談が多い理由

飲食業の現場では、年次有給休暇(以下「有給」)に関する相談の中でも、多いのが 「退職するので有給を買い取ってほしい」 という依頼です。

一般企業でも見られる相談ですが、飲食業では特に顕著です。理由は以下の通りです。

(1)シフト制・固定休が少ないため、有給を消化しづらい

飲食店は、来客数が読めない、スタッフ数がギリギリ、急な欠勤の穴埋めが必要という“恒常的な人手不足”が大前提。

その結果、「有給は取れるはずなのに、実質的に取りにくい」という状況が生まれます。

スタッフ側はこう考えます。

「辞めるんだから最後くらい有給全部使いたい」
「でも店長に言いにくい…買い取ってくれないかな」

これが飲食業での買取相談が多い最大の原因です。

(2)飲食業の“時給文化”が買取と相性が良い

飲食店の多くが、アルバイト中心、時給制、シフト制という働き方です。

すると、スタッフ側は自然にこう考えます。

「働けば時給が入る」 → 「有給を使っても時給がもらえる」
「じゃあ、辞める時は残った時間分の時給も欲しい」

この感覚は、社員よりアルバイトに強く出ます。
社員は月給であるため時間単価の意識が薄いのに対し、アルバイトは「時給=自分の価値」と捉える傾向が強いからです。

(3)繁忙期と退職の時期が重なりやすい

飲食業が特に忙しくなる時期
・年末年始
・GW
・夏休み
・歓送迎会シーズン

実は、これらの時期は「退職」や「雇用区分変更(社員→アルバイト)」が起きやすい時期と重なります。

・新年度で進路が変わる
・異動や配置転換が出る
・社内人事のタイミング
・学生バイトの卒業

すると 繁忙期に有給が集中する 現象が起きます。

店長は焦ります。

「今、人が足りないのに…有給を全部使われたら現場が回らない」

スタッフは不満を持ちます。

「辞めるのに有給を使わせてもらえないなんて…」

そして最後に出てくるのが、 「じゃあ買い取ってください」です。

(4)店長が法律知識を持たないまま現場判断してしまう

飲食店の店長は“法律の専門家”ではありません。
にもかかわらず、日々こうした質問が飛んできます。

「店長、有給買い取ってください」
「社員からアルバイトに変わるから買取してほしい」
「使い切れないので現金でもらえませんか?」

しかし 有給の買取には法律上“絶対に外せない基準” があります。

・退職時の買取はOK
・しかし 雇用区分変更は買取NG(退職ではないため)

店長はこれを知らず、「この前の人は買い取ったよ」、「じゃあ今回もいいか」という“前例主義”で進めてしまい、後から問題になるケースが後を絶ちません。

(5)会社の判断ミスが「不払い」扱いになる危険

飲食業は労基署が入りやすい業種です。
・若手・学生が多く声を上げやすい
・退職トラブルが多い
・シフト制で時間管理に誤りが出やすい
・店長の法知識にばらつきがある
・複数店舗の労務管理が統一されにくい

そして最も典型的な指摘が 「有給が正しく付与されていない」「有給取得の妨害」「誤った買取」 の3つ。

特に危険なのは社員→アルバイトに変える際に有給を買い取ってしまうケース です。

これ、“違法な買取” と判断される可能性が高いということを知らない飲食店は非常に多いです。


2 「雇用区分変更したので有給を買い取ってほしい」の何が問題なのか

例えばこういうケースがあります。


【事例】

正社員Aさん(有給15日所有)

家庭の事情で「社員 → アルバイトに変わりたい」と希望。

Aさん:

「社員を辞めるから15日分買い取ってください」

店長:

「辞めるんだからいいよ」

会社: 15日分を買取してしまった。


一見スムーズに見えますが、これは 完全にNGケース です。

社員 → アルバイトの変更は“退職”ではありません。
労働契約が継続するため、有給はそのまま引き継ぎます。

買取が許されるのは 退職時のみです。

つまりこのケースは本来は引き継ぐべき有給を“払い捨て”してしまった状態 です。

労基署に指摘された場合、会社は以下の指摘される可能性があります。
・不正な買取の是正
・有給の「二重払い」リスク
・労働契約の解釈ミス


3 飲食業で「雇用区分変更」が頻発する理由

飲食店なら思い当たるでしょう。

・正社員の拘束時間が長い
・土日祝勤務が当たり前
・社員の家庭事情が変わりやすい
→「正社員を続けられないが、バイトなら続けたい」

こうした事情は飲食業特有です。
つまり、雇用区分変更による有給トラブルは業界構造上避けられない と言えます。


4 誤解:アルバイトに変わる=退職扱い?

多くの現場ではこう勘違いされています。

店長:

「一旦正社員を辞めるんだよね?」

社員:

「はい、なので退職扱いで有給買い取ってください」

しかし法律上は以下の通りです。


❌【誤り】

「社員→アルバイト=一度退職」

◎【正しい理解】

労働契約は継続しており、単に労働条件が変更されただけ。
したがって有給は消滅しない。


つまり、会社が勝手に「退職扱い」して買取してしまうと違法となる可能性があります。


5 飲食店に特に多い“勘違いによるトラブル”

① 「区分変更したから買い取ってほしい」
→ 法律上は買取NG

② 店長が勝手に買取を許可してしまう
→ 違法になる場合あり

③ 本来は有給が“継続”なのに“消滅”させてしまう
→ 従業員が労基署へ相談

④ 労基署が会社に来て是正勧告
・有給の二重払い
・付与ルールの誤り指摘
・就業規則の不備
などが芋づる式に見つかる

特に飲食業は
・シフト制
・日給月給の時間管理
・店舗ごとにバラバラの運用
があり、労基署に狙われやすいという背景があります。


6 結果として「退職時の買取メリット」が正しく伝わらない

実は、有給の買取は退職時であれば会社にも従業員にもメリットがあるのですが、雇用区分変更と混同されることで、現場は混乱してしまいます。

・退職前倒しで社会保険料が軽くなる
・従業員は有給消化ではなく買取で早期退職できる
・退職後は、国民年金の免除制度が利用できる
……など、多くのメリットがあります。

しかし、「区分変更時の買取NG」と「退職時の買取OK」この違いが正しく理解されていないため、トラブルが発生するのです。



法律で認められる「有給買取」と「認められない買取」


1 有給の大原則:「買取は禁止」である

まず最初に押さえるべきポイントは、有給の買取は原則禁止ということです。

これは労働基準法39条の根拠に基づきます。

【理由】

有給休暇は「働く人の心身回復のため」に与えられるものであり、本来は休むための権利だからです。

現金化してしまうと「休まず働いた方が得」となり、制度の目的が崩れてしまうため、原則として買取を認めません。


2 例外として認められる買取

しかし、例外が存在します。


【例外】退職時の買取

退職すると、有給を使う機会がなくなるため、未消化分については買取が認められます。

・退職日をもって労働契約が終了
・これ以上有給を取得する機会がない(権利が消滅)
取り切れなかった分を買い取る義務はありませんが、現金化して良い

これは法律でも明確に「違法ではない」とされています。



3 では、なぜ「雇用区分変更」は買取できないのか

ここが飲食業の現場で最も誤解されるポイントです。


❌【誤解】

「社員を辞めるので、アルバイトになる前に有給を取るのをやめて買い取ってください」


一見“退職する”ように見えますが、法律的には以下の通りです。


◎【正しい理解】

雇用区分変更は退職扱いではないため、有給は消滅せず、そのまま引き継がれる。
したがって有給の買取は不可。


厚労省の基本的な考え方

労働契約は「実体」で判断します。

◎実態上、雇用が継続していれば「退職ではない」のです。

・会社に籍が残る
・雇用契約書が新しくなるだけ
・勤務先も変わらない
・仕事も継続して行う
契約は中断していない

以上から、社員→アルバイト変更は“労働契約の継続” と扱われます。


4 “買取できない理由”をさらに深堀り

雇用区分変更時に買取がNGとなる理由は、以下の3つです。


(1)労働契約が連続しているため

退職ではなく、単に労働条件の変更であるため、有給の権利も労働契約と一緒に継続します。

これが最大のポイント。


(2)連続する契約間で有給を引き継ぐのが原則

例えば次のような例はすべて同じ扱いです。

・正社員 → パート → アルバイト
・契約社員 → アルバイト
・フルタイム → 短時間
・時給→月給(逆も同じ)

いずれも労働者が同じ会社で働き続ける限り、有給は引き継ぐことが原則となります。


(3)実務上「退職と偽装」すると会社が不利になる

飲食店の店長がよくやってしまう間違いがこれ。


❌【NG例】

「一度退職したことにして有給買い取りますね」


これをやってしまうと
・雇用保険脱退 → 再加入
・社会保険資格喪失 → 再取得
などの“後付けの辻褄合わせ”が必要になります。

さらに、労基署・年金事務所目線では「偽装退職」の可能性が出るため、指摘されやすくなります。

飲食業はただでさえ入退社が多く、目を付けられやすいため、絶対に避けるべきです。


5 飲食業で頻発する「間違った買取」の実例

(ケース1)店長判断で買取してしまう

→ 法的に無効
→ 労基署から「違法な買取」と見なされるおそれ

(ケース2)アルバイトに切り替わる日を「退職日」と誤認

→ 正しくは労働条件変更日
→ 買取NG

(ケース3)飲食企業が慣例として買取している

→ 慣例でも違法なものは違法
→ 監督署調査で指摘される

現実の調査報告でも
「雇用区分変更時に有給消滅させていた」
「買取によって誤って労働契約を中断扱いにしていた」
という指導事例が多数存在します。


6 飲食店側が理解すべきポイント

ここを確実に押さえましょう。


✔【買取できるケース】

✓ 退職する

✔【買取できないケース】

✗ 社員からアルバイトに変更
✗ 契約期間変更
✗ 時間数削減
✗ フルタイム → パート
✗ 社内異動(店舗異動も含む)


7 誤った買取は「二重払いリスク」を生む

もし区分変更時に有給を買い取ってしまい、その後、従業員が労基署へ相談すると……


会社はこう言われます。

「本来、引き継ぐべき有給を誤って消滅させた」
「そのため、従業員は“消滅させられた分”を取得する権利が残っている」


つまり
・買取分の支払い(1回目)
・本来引き継ぐべき有給の付与(2回目)

という 二重の負担 が起きてしまう可能性があります。

飲食店のようにスタッフ数が多いと、これは致命的です。


8 飲食業で管理者が理解すべき“最重要ポイント”

結論


雇用区分変更(社員→アルバイト)は、退職ではないため、有給の買取はできない。
有給はそのまま継続して引き継がれる。




社員→アルバイトへ変更する際の「有給引き継ぎ」実務ポイント

飲食業で最も相談の多いテーマが「正社員からアルバイト(パート・短時間)に切り替える時、有給はどうなるのか?」という問題です。

ここを誤ると、
・不正な買取
・有給消滅の違法処理
・後からの二重払い
・労基署の是正
につながりやすいため、特に重要です。


1 結論:有給は“そのまま残る”

社員からアルバイトへ変更しても、有給は継続されます。

✓ 日数はそのまま
✓ 時効もそのまま
✓ 基準日(付与日)もそのまま

勤務時間が短くなるからといって、「時間比例で減らす」ような処理はできません。


2 実務でよくあるNG処理

❌ NG1:有給を一度“ゼロ”にして再付与

→ 違法。
→ 「取得妨害」「付与義務違反」と判断される。

❌ NG2:社員の有給を買い取って、アルバイトとして再付与

→ “契約継続の原則”に反する。
→ 買取も違法。

❌ NG3:区分変更日を「退職日」とみなす

→ 退職ではない。
→ 偽装退職と判断されるリスク。

飲食店の店長が独断で行いがちな処理で、非常に危険です。


3 正しい実務フロー

区分変更時は次のようにします。


STEP1:変更前の有給残日数を記録

例:
正社員Aさん→ 有給残14日


STEP2:雇用区分変更(社員→アルバイト)を行う

※契約は“継続”しており、中断なし。


STEP3:変更後も有給14日そのまま保持

アルバイトになっても、変更前日と同じ日数で継続。


STEP4:付与日(基準日)もそのまま

例:
入社1/10 → 有給付与日:7/10
社員→アルバイト変更が4月でも、次の付与日7/10は変わらない。


4 時給制になった場合の「有給単価」

社員→アルバイトになると、月給制→時給制に変わることがよくあります。

この場合、有給の“単価”は区分変更後の賃金形態で計算します。


・単価=直近3ヶ月の平均賃金
・あるいは労基法の「平均賃金」or「通常の賃金」方式

※飲食業は正社員は「通常賃金)」、アルバイトは「平均賃金」で計算することが多い。


5 変更後に有給を使う場合の注意点

アルバイトとなった後、
・時給
・勤務時間
・シフト
などの条件が変わります。

そのため、有給取得時の労働時間も変更後の所定労働時間 が適用されます。


社員:1日8h → 有給は8h分
アルバイト:1日5h → 有給は5h分


6 飲食業で特に多い“やってはいけない質問”

店長からよく聞かれます。

「社員の有給14日を、アルバイトに転換するときに5日へ換算していい?」

→ ❌ 完全に違法
→ 有給は日数で管理され、労働時間変更で減らすことはできません。


退職時の有給買取のメリット(企業側)

飲食業の経営者が知るべき重要ポイントです。


1 退職時の有給買取は企業にメリットがある

飲食業は常に人手不足で、退職者が有給を長く消化すると現場が回りません。

そのため、“買い取って早めに退職してもらう”という戦略は非常に有効です。


2 メリット①:退職日を前倒しできる

たとえば有給残10日ある従業員がいたとします。

・通常:10日間有給消化 → 退職
・買取:すぐ退職できる

→ 現場のシフト調整負担が激減。


3 メリット②:社会保険料の負担を減らせる

退職日が月末にかかると社会保険料が1ヶ月分発生します。

※社会保険は「月末時点で在籍しているか」で決まる。


✔ ケース比較

(A)有給消化して月末退職

→ 社会保険料1ヶ月分が会社に発生。

(B)買取して月中退職

→ 月末在籍でない → 社保料ゼロ。


結論

企業は1名につき数万円のコスト削減になることも。

飲食業の薄利構造では非常に大きなメリットです。


4 メリット③:店舗の生産性を維持できる

繁忙期(年末・GW・夏)に「有給14日取得→現場崩壊」のリスクを避けられる。


退職時の有給買取のメリット(従業員側)


1 メリット①:すぐ退職できる

飲食業の従業員はダブルワーク・転職が多く、退職日が早くなるのは大きなメリット。


2 メリット②:買取金額が手元に残る

有給10日 × 時給1,200円 × 8h
=96,000円

退職時にまとまった金額が入るため、「次の仕事までの生活費」として非常に助かる。


3 メリット③:退職後すぐ“国民年金の免除”が申請できる

退職後は、転職先が決まっていない場合、無職の状態になるため、国民年金の免除が受けられます。



飲食業で陥りやすい“有給トラブル”と対策


1 店長が有給の知識を持っていない

飲食業の現場では、多くの店長が有給休暇の知識がなく、誤った対応をしてしまう。
・有給付与基準
・取得拒否のルール
・時効
・区分変更時の扱い

研修必須


2 複数店舗で運用ルールがバラバラ

チェーン店では特に多い問題。

→ 本部は把握してないのに
→ 店長が店舗独自に“買取”を実施
→ 後から全社で問題化


3 就業規則に「区分変更時の取扱い」を書いていない

飲食企業は就業規則で以下を書くべき。

・有給は区分変更時も引き継ぐ
・買取は退職時のみ
・単価計算方式
・店舗長は勝手に判断しない


4 有給の管理簿が存在しない

労基法で義務化されている有給管理簿 を作っていない飲食店は非常に多い。

監督署が入ったらまず確実に指摘される。


当事務所が飲食店に提供できる支援

飲食業専門の社会保険労務士として、次のような支援が可能です。


1 有給管理の仕組み作り

・有給管理簿
・店舗ごとの付与ルール統一
・区分変更時の手順書作成


2 退職時の“買取ルール”の設計

・企業側の社会保険コスト最適化
・従業員とのトラブル防止
・買取の基準づくり


3 店長向け「有給研修」

飲食業の店長向けに
・1時間〜2時間の現場研修
・ケーススタディ
を提供。

現場トラブルの大半が防げる。


4 本部向け「法令遵守監査」

多店舗展開の飲食企業では店舗ごとの運用がバラバラ。

→ 本部向けに一括監査
→ 違法運用チェック
→ 是正計画の作成


まとめ


■ 雇用区分変更(社員→アルバイト)は退職ではない

→ 有給は買い取れない
→ 有給はそのまま引き継ぐ


■ 買取できるのは

① 退職時


■ 退職時の買取は

・企業にメリット(社会保険料の削減)
・従業員にメリット(早期退職・年金免除)


■ 飲食店は“区分変更時”の扱いで最も間違える

→ 店長教育・就業規則整備が必須。


■ 当事務所では

飲食店向けに「有給トラブルゼロ化サポート」を提供。


飲食業の有給トラブルは、以下の理由で発生します。
・店長の独断
・店舗ごとのバラバラ運用
・区分変更の誤処理

「このケースは買い取りできますか?」
「区分変更時の手順を作りたい」
「社会保険の負担を抑えたい」

そんな時はお気軽にご相談ください。

飲食業専門の社会保険労務士として、現場に合った“実務で使える”ルール作りをお手伝いします。


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