東京都カスタマー・ハラスメント防止条例~飲食業が必ず理解すべきポイント~
目次
東京都カスタマー・ハラスメント防止条例とは
2024年10月11日、東京都は「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」を公布しました。
施行日は2025年4月1日。
飲食店・小売・サービス業など、“顧客と接する全ての事業者”に関わる、全国でも先進的な条例です。
飲食業の現場では、ここ数年で以下の相談が急増しています。
- 大声で怒鳴り続ける
- 土下座要求
- 返金・無料提供の強要
- 従業員の容姿や国籍への暴言
- SNSに投稿すると脅す
- 何度もクレーム電話
- 店員のミスとは無関係な人格攻撃
これらは従業員の心身に深刻なダメージを与え、離職の理由にもなり、結果的にサービス品質低下や採用難にもつながります。
東京都が今回条例を制定した背景には、「飲食・サービス業での“カスハラ件数の急増」、「働く人のメンタル不調・離職増加」、「事業の継続を脅かすレベルの悪質クレーム」、「SNSによる炎上リスクの激増」があります。
この条例は、「顧客と従業員は対等である」という新しい価値観を明確に打ち出しました。
飲食業は顧客と接する時間が長く、カスハラの影響を最も受けやすい業界です。
だからこそ、この条例の内容を正確に理解し、店舗として仕組みを整えることが必須です。
なぜ今「カスタマー・ハラスメント対策」が必要なのか?
飲食業では「お客様第一主義」が長年の文化として根付いてきました。
もちろん顧客満足は重要です。
しかし、その価値観が「顧客は絶対」「店は謝ればいい」という極端な方向に傾いた結果、従業員が守られない環境が生まれています。
社会構造の変化でクレームが増加
- SNSで“匿名で”批判しやすくなった
- 他店と比較しやすく、要求が増えた
- 感情的に行動する顧客が増えた
- 労働力不足により店舗側の対応が遅れがち
クレームが「サービスの要望」ではなく「攻撃」に変質
本来のクレームは「サービス改善のための意見」です。
しかし近年増えているのは、従業員を傷つける攻撃目的の言動。
行為の主語が「サービス」ではなく「あなた(店員)」に向いているのが特徴です。
例:
×「料理が冷めていたよ」
〇「お前の態度が気に食わない。育ちが悪いのか?」
これは完全に人格攻撃=カスハラです。
従業員が離職し、事業継続に影響
飲食業は人材が命。
しかしカスハラが続くと以下の悪循環に入ります。
- 従業員が疲弊
- 離職
- 人手不足が悪化
- サービス低下
- クレーム増加
- さらに離職…
東京都は、この悪循環を断つため、条例を制定しました。
条例の目的と基本理念を飲食業向けにわかりやすく解説
東京都カスタマー・ハラスメント防止条例は、全文を読むと非常に法律的な表現が多く、飲食業の現場感覚からすると「結局どういう意図なのか」が掴みにくい部分があります。
ここでは、飲食店の経営者・店長・現場スタッフが実務で理解すべきポイントだけを、わかりやすく整理します。
この条例の目的は「従業員と顧客の対等性を守ること」
目的規定(第1条)はとても長い文章ですが、要点は以下の3つにまとめられます。
目的①
東京都で働くすべての人の安全と健康を守る
飲食業の現場は、顧客対応が中心。
クレームがエスカレートすると、従業員のメンタル・身体に深刻な悪影響が出ます。
- 怒鳴られる
- 侮辱される
- 長時間拘束される
- SNSで晒すと脅される
こういった行為が従業員を傷つけるだけでなく、店舗の営業にも大きな影響を与えることが条例では問題視されています。
目的②
事業者が安定して事業を継続できる環境を整える
飲食店は、1人のスタッフが辞めるだけで大きな痛手です。
- 仕込みが回らない
- ホールが回らない
- シフトが埋まらない
- 採用コストが増える
カスハラによる離職は飲食店にとって致命的。
東京都は、カスタマー・ハラスメントが「事業継続のリスク」であると位置づけ、条例として対応を義務化に近い形で促しています。
目的③
顧客と従業員を『対等な立場』とする価値観の定着
これが最も画期的な部分です。
従業員は“下の立場”ではない
顧客は“上の立場”ではない
ということを、東京都が条例として明文化したのです。
飲食店では「お客様は神様」という言葉が誤解されて浸透した結果、顧客の過度な要求が正当化される文化が生まれました。
この条例は、それを明確に否定し、“対等な関係性”をルールとして位置づけています。
基本理念(第3条)の要点
基本理念の条文では、次のように述べられています。
- カスハラは就業環境を害する
- 社会全体で防止しなければならない
- 顧客と従業員は相互に尊重しなければならない
これを飲食業の文脈に落とし込むと次のとおりです。
スタッフを「守る文化」が求められる
“我慢が美徳”
“とりあえず謝る”
“丸く収める”
このような従来の対応は、スタッフを疲弊させています。
条例以降、飲食店にはスタッフを守るための明確なルール作りが求められます。
顧客にも「守るべきマナー」がある時代へ
顧客側にも責務があります(第7条)。
つまり「顧客にも守るべきルールがある」ことが条例で明確化されました。
従業員にとって安心して働ける環境を整えることが、飲食業の持続可能な運営につながります。
「サービス改善のための意見」と「カスハラ」を区別すべき
条例では、顧客の苦情・意見は本来大事なものと位置づけています。
しかし、それを盾にこうした行為は線を超えているという明確な基準が必要です。
- 怒鳴る
- 侮辱する
- 過度な要求を繰り返す
第4条「カスタマー・ハラスメントの禁止」は飲食店にとっての盾
条例第4条は短い条文ですが重要です。
何人も、あらゆる場において、カスハラを行ってはならない。
つまり、飲食店で起きる顧客の迷惑行為は「法律で禁止されている行為」になります。
この一文によって、飲食店は以下を根拠に顧客へ対応できます。
- 行為の中止を求める
- 出入り禁止
- 警察への通報
- 店舗側が謝らなくてよい場面を明確化
従業員の安全確保は事業者の責務であり、従業員を守るための行動が「正しい対応」と位置づけられるのです。
適用上の注意(第5条)
顧客の正当なクレームを「封じる」ための条例ではありません。
東京都も、その危険性を理解しており、条文では次のように記載。
顧客の権利を不当に侵害しないように留意
- 正当なクレーム
- 商品改善のための意見
- アレルギーや衛生上の正当な指摘
これらは引き続き店舗側が真摯に受け止めるべきです。
この「適用上の注意」によって、「カスハラと正当なクレームの線引き」が非常に重要になります。
条例の定義を飲食業向けに徹底解説
法律・条例は「定義」が最も大事です。
ここを誤解すると、店舗の対応がすべて間違った方向に進みます。
以下、飲食業の現場で使える形でまとめます。
事業者(飲食店はすべて対象)
都内で事業を行う法人・個人事業主すべて。
飲食店はもちろん、「本社が都外」、「店舗だけ都内」、「シェアキッチン内で営業」、「キッチンカー」、「期間イベント出店」これらもすべて対象になります。
就業者(アルバイト・派遣・業務委託も含む)
都内で業務に従事する者
- 正社員
- 店長
- アルバイト
- パート
- 派遣スタッフ
- 応援スタッフ
- 業務委託(清掃・配達など)
- 関連する区域外で従事する者(デリバリーなど)
アルバイト・パートが守られる対象であることが重要です。
飲食業の現場では非正規比率が高いため、「守られるべき従業員」の範囲が非常に広い点が特徴です。
顧客等(“顧客以外”も含まれる点が超重要)
条例では、顧客等の範囲が非常に広いです。
- 店の利用者(顧客)
- 同伴者
- 納品業者
- 出入り業者
- 取引先
- 配達スタッフ
- 周辺住民
- 待ち合わせで来ている人
つまり「顧客としてふるまう人」だけではありません。
飲食店では、取引先からの過度な要求(例:納品のミスをすべて店のせいにする等)もカスハラの対象になり得ます。
著しい迷惑行為(カスハラ判定の核心)
条例では、カスハラをこう定義します。
暴行、脅迫、違法行為
正当な理由のない過度な要求
暴言など不当な行為
飲食店で具体化すると次のとおりです。
飲食業で該当する迷惑行為の例
● 暴言
- 「バカ」「死ね」「クズ」
- 容姿・国籍・性別への差別的発言
- 土下座要求
● 過度な要求
- 無料で提供しろ
- 返金を繰り返し要求
- ミスがないのに過剰なクレーム
● 長時間の拘束
- レジ前で30分以上怒鳴る
- 何度も電話して同じクレームを繰り返す
● SNS脅迫
- 「Xに晒すぞ」
- 「レビューに★1付ける」と脅す
● 不当な撮影
- スタッフを許可なく撮影し晒す
これらは**“著しい迷惑行為”として条例の対象**になります。
カスタマー・ハラスメント(定義)
最終的な定義は以下の2つの要素が揃うこと。
要素①顧客等から就業者に対する行為
→ 顧客だけでなく、取引業者や同伴者も含む。
要素②業務に関連して行われる
→ 店内でなくても、SNSや電話なども含まれる。
→ 配達現場での暴言なども対象。
要素③就業環境を害する
→ 従業員の心身に悪影響があるレベル。
→ 1回でも対象になる場合あり。
飲食業では特にSNS・電話・レビューサイト経由の嫌がらせが増えているため、オンラインの行為も対象となるのは大きなポイントです。
飲食店が理解すべき「カスタマー・ハラスメント禁止」の具体的意味
条例第4条は、実は最もシンプルで最も強力な条文です。
何人も、あらゆる場において、カスタマー・ハラスメントを行ってはならない。
飲食店にとっては、まさに “盾” となる部分です。
従来、「お客様だから多少の無礼は仕方ない」という文化が根強くありましたが、この条例が施行される2025年4月1日以降は、顧客の迷惑行為を“違反行為”として明確に扱うことができます。
ここでは、飲食店が「この条文をどう使えるのか」を解説します。
“禁止”されている以上、対応が「正当化」される
今までは、スタッフが暴言を受けても「こちらが折れて丸く収める」という雰囲気がありました。
しかし条例施行後は違います。
禁止されている行為 ⇒ 店側は止める義務がある
- 行為の中止を求める
- 席の移動を求める
- 退店を求める
- 警察へ通報
これらは「正しい対応」となります。
“あらゆる場”において禁止
飲食業では店外でもトラブルが起きます。
- 電話でのクレーム
- 予約キャンセルを巡る脅し
- SNSでの誹謗中傷
- レビューサイトでの嫌がらせ
- 配達員への暴言
これらも条例の対象になります。
飲食店は、店内だけでなく 電話・SNS・デリバリー現場 を含めて、従業員を守る体制が必要となります。
店舗側が“謝罪しすぎない”環境づくり
今後、飲食店が見直すべきは以下になります。
●従業員が一人で過剰謝罪しない仕組み
●初期対応のルール化
●第三者(店長・責任者)が早期介入
「謝りすぎる店舗」は、逆にカスハラを増長させる危険があります。
東京都は、顧客と従業員は対等であるべきという価値観を示したため、「無条件で謝る文化」を見直すことが求められます。
顧客の責務と「正当なクレーム」との違い
条例第7条では、顧客にも責務を課しています。
顧客等は、カスハラに対する理解を深め、就業者への言動に注意を払うよう努めなければならない。
これは画期的です。
つまり東京都は、「顧客にも“守るべきルール”がある」と明確に示しました。
正当なクレームは対象外
ここで重要なのは第5条の「適用上の注意」です。
顧客の権利を不当に侵害しないよう留意する。
つまり「正当なクレーム」はカスハラではありません。
正当なクレーム例
- 異物混入
- 過度な待ち時間の説明不足
- 接客ミス
- アレルギー表記の不備
- 提供温度の問題
- 注文と違う商品が提供された
これらはあくまで“サービス改善への意見”です。
飲食店は、正当なクレームには丁寧に対応しつつ、不当な要求や人格攻撃とは明確な線を引く
ことが求められます。
不当なクレームは「要求の内容」ではなく“態度”で判断
顧客は不満を感じたとき、多少感情的になることがあります。
それ自体はカスハラではありません。
- 「お前の態度が気に食わないんだよ!」
- 「死ね」「クビにしろ」などの暴言
- 要求を何時間も続ける
- 警察に言う、SNSで晒すと脅す
こういった行為があれば、要求の内容が正当でもカスハラに該当します。
飲食店に必要なのは「線引きのガイドライン」
顧客の言い分に一定の正当性があっても、“表現方法が攻撃的”であればカスハラです。
飲食店は、以下の3段階で判断するガイドラインをつくる必要があります。
レベル1:通常のクレーム
→ 説明・改善で対応。
レベル2:感情的な言い方
→ 落ち着くまで席の移動、責任者が対応。
レベル3:暴言・過度な要求
→ 中止の申し入れ、退店指示、警察通報。
この線引きを文章(就業規則・店内掲示・マニュアル)にしておくと、スタッフは安心して対応できます。
事業者の責務(最重要章)
条例第9条では、事業者(=飲食店)に非常に多くの責務が課されています。
ここが条例の“肝”です。
事業者は「主体的かつ積極的に取り組む義務」がある
→ カスハラ対策は任意ではなく、取り組むことが“当然”と扱われます。
飲食店が後回しにできない領域です。
従業員の安全確保は“最優先”
飲食店でよくある誤りが「お客様と従業員の板挟みになる」という状態。
条例ではっきりと
カスハラを受けた就業者の安全を速やかに確保すること
顧客に対して中止を求めること
が事業者の責務と明記されました。
「中止申し入れ」を必ず行う
顧客に対して「そのような言動はおやめください」と公式に伝えることが求められます。
これは“店舗が嫌がらせを黙認してはならない”という考え方です。
従業員が顧客としてカスハラを行わない対策
これも飲食業では重要です。
- 従業員が他店で店員に暴言
- デリバリー注文で不当なクレーム
などがあれば問題になります。
飲食店は、就業者の「顧客としてのマナー」も教育する必要があります。
従業員が守るべきこと
条例第8条では、従業員についても責務が定められています。
●顧客の権利を尊重する
●カスハラ防止に関する理解を深める
●事業者の取り組みに協力する
●作成された“カスハラ防止手引き”を遵守する
飲食店は、従業員に対して以下の教育を行うべきです。
- 初期対応の基準
- 顧客への丁寧な説明の方法
- 不当な要求との線引き
- 暴言を受けた際の退避方法
- 即時に店長を呼ぶルール
スタッフがルールを理解していなければ、事業者の責務も果たせません。
東京都の施策(相談窓口・助言・教育)
条例第13条では、都が行う施策が示されています。
飲食店に役立つのは次のとおり。
●カスハラ防止の教育
●相談・助言
●安全・健康確保のための支援
●消費生活相談
今後、東京都は次のような内容が公開すると見られます。
- 相談窓口
- 研修動画
- ガイドライン
- パンフレット
- 相談ダイヤル
飲食店は、無料で利用できる都の支援を積極的に活用すべきです。
飲食店が今すぐ実務ですべき対応10項目
以下は当事務所が飲食店に推奨する具体的な実務です。
カスハラ対応ポリシーを作成
- どの行為をカスハラとみなすか
- 従業員の対応の手順
- 中止申し入れの方法
- 退店対応の基準
- 警察通報の基準
従業員向けマニュアル整備
新人・アルバイトでも迷わないように、「5ステップ対応フロー」を作ります。
従業員教育
特にホールスタッフは必須。
店内掲示の作成
「従業員を守るための掲示文」を貼る店舗が増えています。
例:
当店では、従業員の安全を守るため、暴言・威嚇・過度な要求などの行為は固くお断りしております。
インシデント記録
暴言・脅し・長時間拘束などの記録は必須。
本部・オーナーへの連絡体制
スタッフが一人で悩まない仕組みを。
店長・責任者の介入ルール
「店長呼び出し」の基準を明確化。
警察連携
悪質行為は「迷惑防止条例」に該当する場合があります。
SNS誹謗中傷対策
レビュー削除申請の手順を整備。
従業員のメンタルケア
相談窓口・外部サービスを活用。
飲食業で実際に起きているカスハラ事例
飲食店で最も相談が多いのは以下の行為です。
●暴言・侮辱
●土下座要求
●返金・無料要求
●レビュー脅迫
●無断撮影・晒し
●店前で大声
●大量注文後の無連絡キャンセル
これらはすべて条例の対象になり得ます。
飲食店がやるべき10項目
- まず“店舗の方針”を文書化
- 従業員を守る文化づくり
- 店長教育を強化
- 顧客への周知
- クレーム対応窓口の一本化
- 従業員のメンタルチェック
- 記録の徹底
- SNS対応手順
- 警察・行政との連携
- 外部専門家との連携(社労士)
まとめ
東京都カスタマー・ハラスメント防止条例により、飲食店は“顧客の暴言・過度な要求から従業員を守る”法的根拠を得ました。
- 店舗ポリシーの作成
- 従業員教育
- 中止申し入れ
- マニュアル整備
が必須になります。
飲食業は人材が命。
従業員を守ることは、店舗の未来を守ることです。
ご相談は当事務所へ
当事務所では、飲食店向けに以下サービスを提供しています。
- カスハラ対応マニュアル作成
- 店内掲示文テンプレート
- 従業員向け研修
- 店舗トラブル対応
- 顧客との交渉アドバイス
- 労務トラブル全般の支援
お電話や お問い合わせフォーム から、お気軽にご相談ください。
初回相談はオンライン・無料対応しています。


