退職・契約解除時の“労務トラブル回避”設計:引継ぎ/有給消化/証明書/離職票対応



「辞める瞬間」が一番揉める 飲食店の退職トラブルの実態

飲食業の人手不足は慢性的です。
ようやく採用して育てたスタッフが辞めるとなると、経営者としてはどうしても感情的になってしまいがちです。

「忙しい時期に辞めるなんて」「せめて引継ぎくらいしてから辞めてほしい」と思う気持ちは当然ですが、退職・契約終了の場面では、“最後の対応”が最もトラブルになりやすい局面でもあります。


🔹飲食店で実際に起きた退職時トラブル例

  • 「辞めた後に離職票を送ってくれない」「退職証明を出してもらえない」
  • 「有給を全部使わせてもらえなかった」
  • 「制服代が給料から引かれた」
  • 「LINEで退職を伝えたのに無視された」
  • 「退職の理由を勝手に“懲戒”扱いされた」

これらの問題は、“最後の処理”を感情ベースで行ったり、明確な社内ルールがないことが原因で起こります。

実際、労働基準監督署やハローワークへの相談でも「退職時のトラブル」は常に上位に挙がっています。
特に飲食業では、店舗現場で完結してしまう小さなやり取りが、後から大きな問題に発展しがちです。


🔹「終わり方」が店の評判を決める時代

いまや退職後にスタッフがSNSで発信することは珍しくありません。
「辞めたらあの店、最後の対応がひどかった」「ブラックだった」と投稿されれば、一瞬で数千人に拡散されてしまうリスクがあります。

つまり、“終わり方”がブランドリスクになる時代です。

採用や教育が大切なのはもちろんですが、退職時の“出口対応”こそ、飲食店経営のリスク管理において最も盲点となりやすい部分といえるでしょう。


退職・契約解除の「正しいステップ」とは

飲食店における退職・契約終了の流れを、労働法上のルールと現場運用の両面から整理しておきましょう。


🔹①退職の申し出と「合意」の確認

労働者からの退職申し出は原則として自由ですが、正社員は「退職の申し出から2週間経過で退職が成立」(民法627条)とされています。
一方、契約社員・パート・アルバイトは契約期間によって扱いが異なります

雇用形態原則例外(やむを得ない事由)
期間の定めなし(正社員)2週間前までに申出-
期間の定めあり(契約社員・バイト)原則契約期間満了までただし健康悪化・家庭事情などで退職可能

店側としては、「急に辞めるのは困る」と引き止めたい場面もありますが、強制的に引き止めることはできません
ただし、店舗の混乱を防ぐために「就業規則で退職の申出は1カ月前まで」などの運用ルールを設けておくことが有効です。


🔹 引継ぎと業務整理のルール化

引継ぎが曖昧なまま退職日を迎えると、残されたスタッフが混乱します。
おすすめは、「退職手続チェックリスト」や「引継ぎシート」の導入です。

チェック項目には以下のような内容を入れましょう。

  • 在庫・発注状況の共有
  • 顧客・取引業者リストの引継ぎ
  • レジ・金銭関係の締め処理
  • 店舗備品・鍵・制服の返却

こうしたチェックリストを使えば、店長・本部・本社が「退職対応の抜け漏れ」を防ぐことができます。


🔹有給休暇の扱い

「辞める直前に有給をまとめて取りたい」というケースはよくあります。
経営者としては「人手が足りない時期に困る」と思うかもしれませんが、退職時の有給休暇は原則として認めなければなりません。

拒否できるのは「時季変更権を行使できる場合」のみですが、退職日が確定している場合、その権利は実質的に行使できません
つまり、退職時の有給申請は基本的に認める必要があるのです。


🔹退職証明・離職票などの法的書類対応

退職後の書類対応でトラブルが多いのが以下の3点です。

  1. 退職証明書(労基法第22条)
     → 請求があれば「在籍期間・業務内容・地位・賃金・退職理由」などを記載して交付。
     → 「退職理由」は本人の希望がない限り“自己都合”か“会社都合”を明確に。
  2. 離職票(雇用保険法第7条)
     → ハローワーク提出後、本人へ速やかに郵送。
     → 遅れると「失業給付の申請ができない」とクレームにつながる。
  3. 源泉徴収票・社会保険資格喪失証明
     → 次の勤務先や保険加入に必要。

🔹清算関係(給与・備品・敷金等)

退職時の清算は感情的になりやすいポイント。
「制服を返してくれないから最後の給料を渡さない」といった対応は違法です。

給与は必ず現金で全額額払いが(労基法第24条)が原則です。
損害がある場合は別途損害賠償請求の形で処理します。
給与を銀行振り込みをしている場合でも、本人へ連絡して給与は現金で用意しているので、店舗へ取りに来てもらうことも検討をしてもいいでしょう。

この点を誤ると“賃金未払い”として労基署から是正勧告を受ける可能性があります。


辞めた後に“ブラック認定”されないための設計

退職トラブルは「辞める前」ではなく「辞めた後」に起こります。
そのために、退職後フォローまで含めた運用設計が重要です。


🔹退職後フォローの基本チェック

対応項目目的実施タイミング
離職票・証明書の送付給付手続・信用保持最終給与確定後、速やかに(離職後10日以内)
給与・精算支払いトラブル防止給与支給日(本人から申し出があった場合は退職日から1週間以内)
店舗備品返却管理退職日当日
社内チャット・LINE削除情報漏洩防止退職後即日

このように「退職日以降のチェックリスト」を作っておくことで、誰が担当しても対応の質を一定に保つことができます。


🔹店長・現場任せにしない「本部一元管理」

特に飲食チェーンでは、退職対応を店長任せにすると危険です。
店長が感情的に対応してしまうと、「辞めるなら二度と来るな」「離職票は出さない」といったトラブルが生じがち。

本部が退職処理を一元管理し、書類の送付・有給残数確認・社会保険手続を自動フロー化するのが理想です。


🔹“ブラック認定”を防ぐ3つのルール

  1. 最後まで丁寧に対応する(言葉・メール含む)
  2. 退職理由の扱いを明確に(書類上・口頭で統一)
  3. 離職票・証明書を迅速に送付する

「辞める人=敵」ではなく、「辞めた人=店のファン」にする。
その意識を持つことで、離職率低下や再雇用にもつながります。


実務で使える!退職対応チェックリストと書式例

ここでは、実際に飲食店で使えるチェックリストと文書例を紹介します。


✅退職手続チェックリスト(例)

項目担当者完了日
退職届受理店長〇月〇日
有給残日数確認本部人事〇月〇日
引継ぎ完了報告店長〇月〇日
制服・備品返却店長〇月〇日
給与清算確認経理〇月〇日
離職票送付人事〇月〇日

✅退職証明書(記載例)

退職証明書
氏名:〇〇〇〇
在籍期間:2022年4月1日〜2025年10月31日
職種:ホールスタッフ
退職理由:一身上の都合により退職
発行日:2025年11月5日
株式会社〇〇〇〇
代表取締役 〇〇〇〇

✅離職票作成時の注意

  • 「会社都合」扱いにしないためには、退職届を本人から必ず提出させる。
  • トラブルを避けるため、「退職理由を本人確認済み」と書面に残す。

✅有給休暇消化申請書(例)

退職前に有給をまとめて消化する際の申請書は、「退職日」「有給消化期間」を明記しておくことで、トラブルを防げます。


社会保険労務士が見た「退職対応の盲点」とアドバイス


🔹盲点①:退職ルールが就業規則にない

多くの飲食店では、「退職に関する条文」があっても抽象的で、具体的な運用ルール(引継ぎ・書類返却・申出期限など)が明記されていません。

→ 対策:就業規則に「退職の申出は1カ月前まで」「退職時に有給消化・引継ぎを要する」等を明記。


🔹盲点②:店長や本部で対応方針がバラバラ

「A店では引継ぎ必須」「B店では即日退職OK」など、対応が統一されていないと不満の原因になります。

→ 対策:退職対応マニュアルを本部主導で統一。


🔹盲点③:退職後フォローができていない

退職後の書類送付が遅れたり、問い合わせを放置していると、「ブラック」と噂されるリスクがあります。

→ 対策:退職後1週間以内に書類郵送・最終給与振込完了をルール化。


💬 社会保険労務士からのアドバイス

飲食店における退職対応は、「最後の印象」で全てが決まります。
人材不足の時代においては、“辞め方”を整えることが採用力の一部です。

「辞めた後も紹介してくれる元スタッフ」「再雇用したいと言ってくれる元社員」そんな“良い関係での卒業”を実現するために、いまこそ退職対応ルールを整備しましょう。


🏢 当事務所からのサポート

飲食業専門の社会保険労務士として、以下のようなサポートを行っています。

  • 退職・契約終了ルールの設計支援
  • 有給・離職票などの対応マニュアル作成
  • 就業規則の見直しとトラブル防止コンサルティング

退職対応に関するトラブルや不安がある経営者様は、お気軽に当事務所へご相談ください。

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