36協定未締結で送検~飲食業で起きた実例~
目次
今回の送検事案の概要
大阪中央労働基準監督署が令和7年8月21日に送検した本件は、飲食業界において多発している「36協定未締結」による違法な時間外労働が原因で発覚した典型的事例です。
パスフード株式会社および親会社の労務管理責任者は、労働者2名に36協定を結ばないまま時間外労働を行わせた疑いで、労働基準法第40条(労働時間・休憩に関する特例)違反で書類送検されました。
今回の事案で特に重視すべき点は次の3つです。
労災申請が端緒となり違法が露見した
飲食業界では、労働者が長時間労働による健康障害を訴えて労災請求するケースが珍しくありません。
そして労災申請は必ず労基署のチェックが入るため、「労災 → 労基署が労働時間実態を確認 → 違法労働が発覚」という流れが非常に多いのです。
本件もまさにこの典型例です。
「事業場ごとに36協定が必要」を理解していなかった
飲食店を複数展開する企業ではよくある誤りですが、
36協定は“企業本部で1つ作ればよい”わけではありません。
「店舗」という“事業場”単位で締結する必要があります。
本件でも監督署は、「事業場単位での締結義務を認識していなかったようだ」とコメントしています。
親会社の労務管理責任者も書類送検された
36協定の締結は企業の中枢管理業務であり、責任者の意識不足や管理体制の欠如は刑事責任に直結します。
今回のように子会社(パスフード株式会社)、親会社の労務管理責任者双方が送検されたことは非常に重い意味を持ちます。
飲食業界において、36協定違反は“気付かないうちに起きている”ことも多く、本件はそのリスクを如実に示しているといえます。
36協定とは何か(飲食店が特に誤解しやすいポイント)
36協定とは、労働基準法36条に基づき、労働者代表と会社が「時間外・休日労働を行わせる」ために締結する協定のことです。通称「サブロク協定」。
① 36協定がなければ、1分たりとも残業させてはならない
“月40時間までOK”などのルールは存在しません。
協定がなければ時間外労働はゼロ分です。
1分でもさせれば違法となり、本件のように送検対象となり得ます。
提出先は「店舗ごとの所轄労基署」
飲食業では“チェーン店は本社所在地に出せば良い”と思いがちですが完全な誤りです。
事業場=実際に指揮命令が行われる場所
つまり店舗単位で提出が必要です。
労働者代表の選出方法も重要
飲食店でよくある誤りは――
・店長が勝手に署名してしまう
・人事が「これに署名して」と依頼して終わり
・従業員の過半数代表が適正に選ばれていない
というものです。
36協定が適法に効力を持つには、労働者代表選出の手続き(公正・民主性)が非常に重要です。
特別条項の使い方も誤解が多い
飲食店は繁忙期の変動幅が大きく、特別条項を使うケースも多いですが、
・特別条項は“無制限に残業できる”わけではない
・ほぼ毎月の使用は“常態化”として違法となり得る
・店長の裁量で発動してはならない
といった点で誤解が多くあります。
36協定は単なる「紙」ではなく、労働時間管理における最重要文書であることを理解する必要があります。
本件で問題となったポイントの詳細分析
今回の送検から見える中心的な問題を掘り下げます。
36協定未締結のまま時間外労働を行わせた
36協定がない状態で残業させた段階で労基法違反となります。
たとえ時間が少なかったとしても関係ありません。
労基法は厳格であり、「知らなかった」「本社と勘違いした」「忙しかった」「毎年更新するのを忘れた」などは一切理由になりません。
労災請求がきっかけで労基署が動いた
労災は「原因調査」がセットで行われます。
労災申請があれば、労基署は
・タイムカード
・シフト表
・勤怠管理の仕組み
・36協定の有無
などを総合的に確認します。
その結果、時間外労働が常態化していた → 36協定がなかったという流れで事実が明らかになるのです。
親会社の労務管理責任者も書類送検された理由
これは飲食業界にとって非常に重大な意味を持ちます。
多店舗展開企業において、「労務管理は親会社が主導」という構造はよく見られます。
・36協定の締結漏れ
・本社での管理不備
・労働時間管理の監督不足
は親会社に重い責任が問われ得ます。
今回の送検は、子会社に任せきりにしていた管理体制そのものが問題視されたと言えます。
違法労働の具体的時間数が非公表の理由
多くの送検記事で同様ですが、“違反の程度”よりも“36協定がなかった事実”が重大であるため、
時間数の公表が省略されるケースが多くあります。
つまり今回は、事実だけで立件に十分だったレベルの違法状態であるということです。
飲食業で頻発する36協定関連の違反事例
飲食業は36協定違反の“温床”と言われるほど、以下のような典型的ミスが頻発します。
店舗数が増えると締結漏れが起きやすい
「あと1店舗出したら出しておこう」
「去年結んだはず」
「書式が見つからない」
こういった曖昧な運用が、未締結のまま数年放置される原因になります。
店長を管理監督者と誤認
飲食業界で最も多い誤り。
店長=管理監督者(残業代不要)と考え、36協定が不要だと思ってしまうケースがあります。
しかし現実には、店長の多くは管理監督者には該当しないと判断されることがほとんどです。
シフト制の特性と超過労働の見落とし
飲食業の勤怠管理は特に難しいです。
・急な欠員
・店長が穴埋め
・予約増加
・営業時間延長
など、現場が非常に流動的であるため、「気づいたら超過していた」が日常的に起こります。
エリアマネージャー任せの管理
・労働時間管理
・36協定の把握
・勤怠の是正
などが現場任せになってしまい、本社が把握しないことが多いのも特徴です。
飲食業の36協定違反は構造的な問題であり、放置すると本件のような送検につながります。
36協定を結ばないとどうなるのか
36協定未締結は企業に多大なリスクをもたらします。
刑事罰(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)
36協定違反は労基法の「絶対的義務」であり、違反した場合は刑事罰が科されます。
送検事例として公開される
厚生労働省・労基署は、悪質と判断した企業は積極的に送検し、事案を公表します。
飲食企業はブランド価値が重要であるため、送検情報が出回ることは重大なダメージです。
労災認定されやすくなる
36協定がなければ会社は「残業を命じていない」主張ができなくなり、労災請求において完全に不利になります。
行政指導・是正勧告の対象となる
36協定未締結は、労基署の監督指導でも最優先で指摘されるポイントです。
・時間外労働の削減計画
・労働時間管理の改善
・店長教育の実施
・本社の統制強化
など、広範囲の改善を求められる可能性があります。
従業員からの未払い残業代請求につながる
36協定がない状態での残業は“違法残業”となり、その期間の残業代請求リスクも急上昇します。
採用・定着に悪影響
送検事案はネットで拡散されます。
飲食業界は労働力確保が非常に困難であるため、ネガティブ情報は採用に直結して影響します。
飲食店で正しく36協定を運用する方法
36協定は「作って提出すれば終わり」ではありません。
むしろ 提出後の運用こそが最も重要 です。
飲食店において正しく運用するためのポイントを解説します。
まずは“事業場(店舗)ごとに”締結する
36協定は、「労働時間を管理している場所」=事業場単位で結ぶ必要があります。
飲食業では、
・本社(人事)がまとめて提出する
・店長が知らない
・店舗単位の協定が存在しない
という構造で誤りが発生します。
必ず店舗ごとに締結 → 所轄労基署へ提出これが必須です。
労働者代表の選出を“適法に”行う
36協定は、「労働者の過半数代表」と締結しなければなりません。
飲食業で起きがちな誤りは、
・管理監督者が代表になる
・人事が勝手に指名する
・代表の選出過程が不透明
などです。
過半数代表の選出は――
①選出方法を従業員に周知する
②立候補または投票で選ぶ
③選ばれた代表の同意を得る
というプロセスが必要です。
ここを誤ると、36協定そのものの効力が無効になるため、慎重に対応する必要があります。
特別条項を使うかどうかの判断基準
飲食業では繁忙期(GW・年末年始など)があり、必然的に残業が増える時期があります。
そのため特別条項をつけている企業も多いですが、注意すべきは「特別条項=無制限に残業させられる」ではないという点です。
特別条項には、
・臨時的な特別の事情とは何か
・発動手順
・発動回数の制限
・月100時間未満、2~6か月平均80時間以内の遵守
など、詳細なルールが存在します。
飲食店では
・店長の判断で勝手に特別条項運用
・ほぼ毎月発動している
という例が多く、重大な違法状態になります。
締結後の運用(勤怠・シフト管理)の重要性
36協定を正しく締結しても、
運用が伴っていなければ意味がありません。
飲食業で特に重要なのは、
・日々の勤怠のリアルタイム把握
・シフトと実労働の乖離チェック
・欠員発生時の稼働調整ルール
・長時間労働の早期アラート
店長の属人的管理に任せると必ず漏れが出るため、本社主導で管理システムを構築することが望ましいです。
労災請求が端緒となる「よくあるパターン」
本件でも“労災請求→違法発覚”という流れでしたが、これは飲食業に非常に多い典型的なパターンです。
なぜ労災請求で労基署が動くのか
労災は、会社が労働者の労働時間・環境を管理していたかを確認するため、必ず労基署による事実確認が行われます。
・タイムカード
・勤怠記録
・シフト
・36協定
・店長の指揮命令
・実労働時間の乖離
これらが調べられます。
調査の流れ(実務)
① 労災申請
② 労基署が事業場に調査票を送付
③ 必要書類の提出命令
④ 店舗・本社への聴取
⑤ 実態と36協定の整合性を確認
⑥ 違法があれば是正指導または送検
この一連の流れは、飲食店では常に起こり得ます。
どこが見られる?(監督官のチェックポイント)
特に以下が重点的に確認されます。
・36協定の締結状況
・労働者代表選出の適法性
・実労働時間と申告の差
・残業時間の把握体制
・店長の時間外労働
・シフト制の運用状況
飲食店はシフトの変更や穴埋めが頻繁なため、労基署が重視するポイントが非常に多いという特徴があります。
本件から飲食業が学ぶべき教訓
今回の送検事案から、飲食店が学ぶべきことは非常に多いです。
「知らなかった」は通用しない
36協定は労働時間管理の最重要項目です。
締結漏れは“重大な違法”であり、知らないでは済まされません。
本社が全体を把握する必要がある
飲食業は店舗運営が現場任せになりがちです。
しかし労働時間管理は“本社責任”です。
・勤怠管理
・36協定締結
・残業上限
・店長への指示
これらは本社が主導しなければ、必ず漏れが出ます。
多店舗展開企業ほどリスクが高い
店舗数が増えるほど、
・協定締結漏れ
・締結時期のバラつき
・店長交代での引き継ぎ不足
などが起きやすくなります。
本件のように親会社責任者が送検されるのは、企業全体の管理が不十分であったことを示すもの
です。
労災と長時間労働は常にセットである
労災発生の裏には、
・時間外労働の長期化
・休日労働の連続
・過重労働の慢性化
が存在する場合が多いです。
労災=単独事象ではなく、その背後には必ず労働時間管理の問題が潜んでいます。
当事務所が現場で見てきた“典型的ミス”
飲食店の労務管理を専門に支援する中で、36協定に関する典型的なミスを多数見てきました。
協定書が店舗に存在しない
よくあるのは、本社にだけ保管され、店舗には存在しないパターン。
しかし労基署調査は、“店舗にあるか”を確認します。
代表の選出が不適切
・店長が書いている
・リーダー格の社員が勝手に署名
・労働者の過半数の支持がない
これは非常に多い誤りです。
年度更新を忘れる
36協定は原則1年更新。
忘れた時点で違法状態になります。
飲食店は年度切替(4月)が繁忙期と重なるため、“更新漏れ”が非常に多いのです。
そもそも36協定の意味を理解していない
現場では、
・「サブロク?店長が書けばいいらしい」
・「時間外は固定残業に含まれてるから関係ない」
といった誤解が元になって違法状態が拡大するケースが多数です。
飲食業専門社労士からのアドバイス
ここからは実務的なアドバイスをお伝えします。
“安全な36協定”を作ること
飲食店向けには、
・特別条項の設定
・1か月・1年の限度時間
・臨時的事情の明確化
などを企業の実態に沿って設計する必要があります。
就業規則との整合性を取る
36協定と就業規則が矛盾している企業は非常に多いです。
・変形労働時間制
・休憩時間
・残業命令権
・店長の位置づけ
これらがバラバラだと、監督署に必ず指摘されます。
店長教育は絶対に必要
店長が理解していなければ、どんな制度も形骸化します。
教育項目は以下が必須です。
・労働時間の概念
・休憩と割増賃金
・36協定の意味
・勤怠修正のルール
・不適切なシフトの危険性
シフト作成改善が全体の鍵
飲食店の労働時間管理は「シフト管理」と同義です。
現場の
・欠員対応
・急な注文増
・リーダー不在
など、柔軟な対応を前提に組む必要があります。
勤怠システム導入は効果絶大
アナログ管理(紙・Excel)では限界があり、実労働時間のズレが必ず発生します。
リアルタイム管理できる勤怠システムは、36協定遵守の強力な武器になります。
よくあるQ&A
飲食店で多い質問に回答します。
Q1. 本社だけ36協定を締結すればよいですか?
→ できません。 事業場ごとに必須です。
Q2. 店長は管理監督者扱いだから36協定は不要?
→ ほとんどの店長は管理監督者に該当しません。
Q3. 固定残業制でも36協定は必要ですか?
→ 必要です。
固定残業は賃金の支払方法であって、時間外命令とは別問題です。
Q4. 特別条項は使った方が良い?
→ 実態に応じます。
ただし常態化すると処罰対象です。
Q5. 36協定は誰が提出する?
→ 本社ではなく、事業場単位の所轄労基署に提出します。
飲食店向けチェックリスト
すぐに使えるチェックリストです。
【36協定チェックリスト】
□ 店舗ごとに締結しているか
□ 労働者代表の選出が適法か
□ 過半数代表の任期を明確化しているか
□ 協定書を店舗に保管しているか
□ 更新期限を管理しているか
□ 実労働時間と協定内容が整合しているか
□ 特別条項の発動手順を理解しているか
□ 店長が制度を説明できるレベルか
□ 勤怠システムで時間外を把握できるか
当事務所のサポート内容
当事務所では、飲食店の労務管理に特化したサポートを展開しています。
36協定の作成・締結サポート
・事業場ごとの36協定を作成
・過半数代表の選出フロー作成
・適切な特別条項設定
・期限管理
就業規則・賃金規程の見直し
飲食業の実態に即した労働時間制度を構築します。
店長教育研修
労働時間管理を店長レベルで理解できるように指導します。
勤怠管理システム導入支援
多店舗展開に強いシステムの選定・運用サポートを行います。
労基署対応支援
調査・是正指導があった場合の支援も可能です。
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